非価格主導型プロモーションでLTVを高める 新規獲得だけに頼らない販促

新規顧客の獲得単価の上昇や、リピート売上の比率向上への期待拡大などを背景に、LTVへの注目が集まっている。デジタル技術の進展とITコストの低下、さらにはEC化やサブスクサービス・D2Cの進展によるCRMの重要性向上などが背景にある今こそ、LTVの重要性を見直すときではないでしょうか。本稿では、LTVの基礎からこれからの鍵になるポイントなどを、トライバルメディアハウス 代表取締役社長の池田紀行氏に聞いた。

※本記事は月刊『販促会議』2024年5月号 にて全文をお読みいただけます。
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池田紀行氏

トライバルメディアハウス
代表取締役社長
池田紀行氏

300社を超える大手企業のマーケティングを支援。年間50回以上の講演も行い、延べ3万人以上のマーケター指導に関わる。近著『業界別マーケティングの地図』(日経BP)のほか、『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)、『売上の地図』(日経BP)など著書・共著書多数。

マーケティングの領域で多く用いられる言葉にLTVというものがあります。LTVとは、「Life Time Value」の頭文字を取ったもので、顧客生涯価値を意味する言葉です。

市場の成長が著しかったこれまでは、自社も競合も差別化することによってポジショニングを棲み分け、市場全体で成長することができていました。そのため、マーケティングにおける重要指標は市場占有率(マーケットシェア)が用いられ、どの会社が市場の何%を獲得しているかが重視されていました。

しかし現在、指標の重要度にもう1つの軸が加わってきています。それがLTVや顧客占有率です。

2006年頃から国内人口が減少し始め、多くの市場の成長率が次第に低減。規模の縮小に転じたことで、各社で限られた顧客の奪い合いが始まりました。そういう状況では、新規顧客をいかに競合に取られずに獲得するか。そしてそれと同じくらい、いかに既存顧客を離反させないか。つまり、「いかに競合に切り替えられないか」が重要になったのです。

そのため、マーケティングにおける重要指標に顧客占有率が追加され、いかに顧客が当該カテゴリーに生涯使う価格を自社で獲得できるかが重視されるようになりました。

ここで、具体的な例を挙げて考えてLTVを考えてみましょう。

次ページでは、LTVの算出方法を考えます

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1台あたり平均200万円の新車を生涯で計7台購入するAさんがいたとします。Aさんの「自動車における消費総額」は1400万円です。では仮に、7台の内訳がトヨタ3台、ホンダ2台、日産1台、ダイハツ1台だった場合、トヨタの顧客シェアは1400万円のうち600万円、つまり42.9%を獲得したことになります。これがLTVのベースとなる顧客シェアの考え方です。

それを踏まえて、多くの企業が用いている一般的なLTVの計算式は図1の通りです。

図 LTVを算出する方程式

実際には「継続年数」を入れずに「年間LTV」として算出し、活用する企業も少なくありません。本来LTVは、顧客生涯価値という名の通り「当該カテゴリーにおける一生涯の消費における自社の取り込み利益」を示す概念ですが、会計年度でのマーケティング目標や成果の指標として活用するため、1年間で算出・活用する企業も多く存在します。

いずれにせよ、LTVを算出することで、一人の顧客から獲得できている利益が明確になるため、“新規顧客獲得に、一人あたりいくらまで投下してよいのか”という指標がわかるようになります。また、中期的に見て元が取れるロジックに基づいた、顧客獲得プロモーションを打つこともできるようになります。

そしてなによりも、LTVを向上させることが、“新規獲得偏重の自転車操業”から脱する手がかりとなり、健全で効率的な経営へと向かうことを助けてくれるのです。

次ページ 「ECやD2Cと大手メーカーのLTVには解釈に差異が」へ続く

ECやD2Cと大手メーカーのLTVには解釈に差異が

それでは、LTVを向上させる具体的な取り組みを考えていきましょう。LTVを上げるためには主に、購入単価を上げる/コストを下げる/購入回数を増やす(購入頻度を上げる)/継続率を上げる(解約率を下げる)といったことがよく挙げられます。

しかし、これは顧客と直接つながり、顧客ごとの購買データから最適な1to1マーケティングがかなうECやD2C事業者は実現できますが、販売チャネルの大半を大手流通チェーンに依存し、顧客の購買データを直接保有することのできない大手メーカーには実現困難な取り組みだといえるでしょう。

もし、調査会社などによるID-POSデータを得られても、どうしても拡大推計にならざるを得ない大手メーカーの場合、自社の商品を「いつ、誰が、どの店で、どのくらいの量を、どのくらいの頻度で」購入してくれているのか、さらにそれが「新規購入なのかリピート購入なのか」も正確にはわからないからです。

そのため、大手メーカーがLTVを向上させる方針を打ち出した場合、ほとんどは「ファンマーケティングによるロイヤルティ向上」や「ロイヤルティ向上による再購入意向の向上」を指す場合が多く、ECやD2C事業者がデータドリブンにLTV向上を目指す活動とはニュアンスが違うことに注意する必要があります。

販促と相反するLTVに向き合うべき理由

前述した計算式の通り、LTVを向上させるためには、購入単価や頻度を上げる必要があります。

もし購入頻度を向上させたい場合には、エンドでの特売や定番値引きキャンペーンなどの販促施策が有効になるでしょう(図2)。しかし、これら価格主導型プロモーションの乱発は消費者の参照価格を引き下げ、ブランド価値を毀損させてしまう可能性があります。そのため、ブランド価値が下がれば店頭価格も下がり、購入単価も下がってしまうという悪循環につながってしまうのです。

インストア・マーチャンダイジングの構造
出典:公益財団法人 流通経済研究所

次ページでは、販促担当者がLTVに寄与できる領域を詳しく解説

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つまり、販売数量といった短期的な売上獲得に効果的な販売促進と、利益などの中長期的な売上獲得に効果があるブランディングやロイヤルティ向上施策は相反する取り組みになってしまうのです。

だからといって、販促担当者がLTVに向き合わなくてよいわけではありません。LTVの計算式(図1)の中には、「平均購入単価」「1年間の購入回数」という項があります。この2つが、販促担当者がLTV向上において大きく寄与できる領域です。つまり、何度も買いたいと思わせたり、併売やアップセルを生み出し、購入単価上昇させることには、販促担当者が主戦場とする「売り場」でも実現できる手段があると考えられます。

さらに、昨今リテールメディアが隆盛しているということからも見て取れるように、今は店頭をはじめとした購買接点でデータを取得する流れが進み「いつ、誰が、どの店で、何を買ったのか」を把握・分析することで販売を促進することも増えてきています。

普段からデータを分析し、戦略を立案しているマーケティング担当者やEC担当者だけではなく、販促担当者もLTVに向き合う必要性が増しているのはそのためです。決して他人事ではありません。

売上におけるLTVの位置づけ

図3は、自著の中に登場する「売上の地図」です。これは、売上にいたる因果構造を、地図として示したものになります。

図 売上の地図
出典:池田紀行+トライバルメディアハウス著『業界別マーケティングの地図』(日経BP)

この地図の左下に見るように、購入頻度を向上させるためには、店舗外販売力を高める「広告」と、店舗内販売力を高める「店頭販促(棚割+価格主導型プロモーション+非価格主導型プロモーション)」を連携させて店頭刺激力を高めることで、実現を見込むことができます。

その一方で、恒常的な価格主導型プロモーションによってプレファレンス(好意度)を半強制的に向上させる取り組みは、前述したようにブランド価値を毀損させ、中長期的には好意度を低下させる悪手となってしまう可能性があるのです。

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ブランド体験を訴求できる実演販売などで差異化へ

ではどうすればよいのでしょうか。その鍵は、非価格主導型プロモーションにあります。

というのも、一般消費財メーカーの売上獲得において最も重要なのは売り場、つまり店頭です。非計画購買が多いスーパーであればなおさら、店頭の刺激による購入促進はダイレクトに「顧客の購入回数」に影響を与えることができます。ここではいかに価格主導型プロモーションを“減らせるか”が重要です。

私の考えでは、店頭での実演販売や商業施設内でのタッチ&トライイベントに勝機があると思っています。しかし、このような施策は、小売チェーンとの細かな調整や協力金、オペレーションコストも要する割には、大きなリーチを得られない「非効率」な施策として位置づけている人も多いでしょう。なのになぜ、実演販売やトライアルイベントを有効と考えるのでしょうか。

それは、コモディティ化による価格競争の荒波にもまれる商品こそ、背景に持つ技術やこだわり、ブランド体験を訴求することが競争優位の源泉になると考えるためです。

価格主導型プロモーションに依存しないこれからの戦略

可能な限り効率的に多くの物量をさばきたいメーカーの大半は、テレビCMによるマス広告と、大手流通チェーンの店頭における価格主導型プロモーションを戦略軸にします。しかし、考えることは競合も同様です。つまり店頭は「同じ戦略を練る企業が真正面からぶつかり合う、削り合いの場」になっているのです。このゲームで勝利するのは、最も多くの宣伝および販促予算を投下した企業になります。

しかし、この戦いの延長線上にあるのは、価格主導型プロモーションを止めてしまうと、すぐに売上が低下するという悪循環です。要は売上を保つために、来年も、再来年も、値引きや価格主導型プロモーションを続けなければならない状態から脱することが難しくなっていきます。

そう考えると、健全で持続可能なLTVの向上は、できる限り価格主導型プロモーションに依存しない状態で、いかに「お客さまに買い続けていただけるか」を実現させるかが重要となってくるのです。

戦略をシフトできるかの分岐点 今後のLTV向上に向けて

LTVに最も影響を与えるのは製品そのもののパフォーマンス力と、その価格でも買い続けたいという価格ロイヤルティの高さです。そのため、LTVの向上は、企業やブランドを挙げて全部署が連携して取り組むべき一大テーマになります。しかし、全部署の連携は理想論であり、取り組みのハードルが高い。だからこそ、販促部署単独でも、実演販売やイベントを軸とした非価格主導型プロモーションに取り組む必要があるのです。

ここまで読まれた方からは、「非価格主導型プロモーションを増やし、価格主導型プロモーションを減らしたら、月や年単位の短期的な獲得売上が下がってしまい、年度の売上目標を達成することができない!」という声が聞こえてきそうですね。

しかし、戦略とはトレードオフです。販促予算を増やしながら年間のLTVを最高にする価格主導型プロモーションを打ち続けるか、どこかで非価格主導型プロモーションの割合を増やし、健全かつ持続可能な売上を増やす取り組みにシフトするか、各社の戦い方が問われます。

最後に、売上にはトライアル売上とリピート売上の2つしかありません。トライアルもリピートも、いかに価格主導型プロモーションから脱却する流れをつくることができるか。今こそ、その真価が問われているのかもしれません。

本記事を含むLTVに関する特集記事は、月刊『販促会議』5月号にてお読みいただけます。第16回「販促コンペ」の課題発表や、新興ブランドの販促戦略も多数掲載。「人が集まる、商品が売れる」アイデアと事例を多数紹介しています。

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月刊『販促会議』2024年5月号


  • 【巻頭特集】
  • いま、LTVに向き合う理由
    -ダイレクトマーケティング進化論-
  • 【特集2】
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