“語られる職人”と多くを語らないブランド──Sunrayが示す継承と共創のかたち
ブランド名やロゴを押し出さず、職人の技術と信頼を語る──「Sunray」は、“語りの設計”によってブランド価値を築いている、英国コーンウォール発・グローバル共創型ブランディングの好例だ。伝統技術を“背景”ではなく“構造”に組み込み、世界市場で静かに支持を得るその手法には、日本企業のブランド戦略にも活かせる示唆が詰まっている。
サイトのトップページ。日本の工場の様子をビジュアルで伝える。
Sunray流 ストーリーテリングとブランド哲学
Sunrayのスタンダードな製品には、表だったブランド名もロゴも見当たらない。襟元後ろのタグにひっそりその名前があるだけ、ウェブサイトもいたって簡素。しかしそれ自体がブランドの意志の表れだ。「シンプルさは究極の洗練である」というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を信じ、ブランド名を前面に出すことも、シーズンで売り切ることもない。完全予約制・年2回の出荷のみというスタイルで、高品質な“定番”だけを届けている。
そして、その哲学はウィメンズライン「Sunray SPIRIT」にも反映されている。世界初とも言える、ヴィンテージの丸編み機で仕立てた、女性のためだけのブランドレスTシャツとスウェット。こちらも、当然のようにすべて日本のその工場でつくられている。
製品そのものだけでなく、Sunrayの語り口や情報の見せ方そのものが、ブランディングの一環として機能している。語る相手を想定した言葉選び。長い失敗の末にやっとたどり着いた、日本の大阪にある工場を自ら選び、さらに長いやり取りの末に、工場側からも選ばれたという自信と、確かな信頼。そして、特に重要な工程を担う職人との関係。そのすべてが、このブランドを唯一無二の存在であることを語るストーリーだ。
彼らのブランドブックにある「自然は急がない──それでも完璧だ」という一節には、ものづくりに対する彼らの思想が凝縮されている。
ブランド名やロゴすら大々的に掲げないSunrayは、その控えめな姿勢を貫くと同時に、彼らは語ることが得意でない職人たちを真正面から語り、その存在をブランドの核として位置づけている。だからこそ、それは自分語りではなく、語られた側への客観的な評価となり、揺るぎない信頼へとつながっているのだ。そして次は筆者が、そのSunrayというブランド自身について語る役割を担ってみようと思ったのだ。評判と信頼の連鎖は、ゆっくりで地味かもしれない。けれど、だからこそ確実で、完璧なものとして積み重なっていくものだからだ。これもまた、前述の「自然は急がない──それでも完璧だ」の一節と、完全にシンクしていると言えるだろう。
ロゴを押し出さないベーシックなTシャツ。
海外展開と伝統技術の“共創”というヒント
Sunrayの取り組みは、日本の伝統技術の再生や、地方工場の活用に関心のある人々にとって、貴重なモデルになる。つまり、製造拠点が日本であることを「伏せる」のではなく、ただ日本製というだけにするのでもなく、そのブランドにとって不可欠なストーリーとして「語る」ことでその存在感をより立体的にし、厚みのある価値へと転換できるという実例だ。
日本の伝統技術は、国内需要だけでは支えきれなくなっている。けれども、自ら海外向けの商品を企画したり、ましてや自社ブランドを立ち上げたりすることに苦戦を強いられている職人や工場がほとんどだ。「何をつくればいいのか分からない」「どう売ればいいのか分からない」──そうした声を、筆者は何度も耳にしてきた。
だが、Sunrayのように、“敬意を持って依頼し、名前を出してくれる日本国外のブランド”との良い出会いがあれば、日本の技術は世界の中で自然に語られ求められていく。国外の理想のデザインや商品・製品を実現するパートナーとして、日本の工場や職人が前面に出る。これこそが、伝統の技術を次の時代につなげていく、サステナブルな行為であり、誇りある、グローバルでボーダーレスな、ものづくりの未来のかたちではないか。
OEMでもよい。けれど、その関係が対等であり、つくり手の姿が世に出る形があるならば、それはもはや“下請け”ではなく“共創”である。“日本でつくっている”ではなく、“日本と一緒につくっている”、いや、“この工場とこの職人とだからつくっている”。その関係性にこそ、次の伝統が生まれる。
伝統とは、語り継がれる構造を持つこと
Sunrayは、日本での販売展開をしていないため、知る人ぞ知るブランドかもしれない。けれど、日本の工場と職人、その精緻な技術と丁寧な仕事ぶりを、世界中の目利きたちに届けている。そんな世界の市場では今、「完璧とは何か」「信頼とは何か」「語るとは何か」について、静かに問い直されている。
Sunrayのブランドブックの中の言葉「長く愛せる一着への“投資”」──それは、モノへの愛だけでなく、つくり手への敬意の証でもある。そして、このブランドの存在は、海外に展開したいと考える日本の事業者にとっても、ひとつの答えを示しているのではないだろうか。伝統とは、ただ受け継ぐものではない。語り継がれ、引き継がれる意味と構造を持つことこそが、本当の継承だということを。
そして、それを体現しているSunrayの、静かで、シンプル、気楽さもありながら、地に足がついていて、確固たる骨太な哲学を持った絶妙なバランスの上に成り立っているその在り方に、筆者は新しい時代の希望を見ている。
