英国発ブランドSunrayの構造設計に学ぶ──伝統技術と共創するストーリーブランディングの力(前編)

“見えない技術”と信頼を物語る──Sunrayが選んだ日本とのものづくり

英国コーンウォール発のブランド「Sunray」は、理想のTシャツを求める過程で日本の工場と出会い、その技術と姿勢をブランド語りの中に丁寧に織り込んでいった──“完全日本製” “語られるつくり手”を中核に据えたその在り方は、日本の伝統技術とグローバル展開を結び直す新たなヒントに満ちている。

写真 Sunrayの展示会の様子
写真 Sunrayの展示会の様子

Sunrayの展示会の様子。Photo: Niena Etsuko Hino

「メイド・イン・ジャパン」という言葉は、長らく品質の高さや精密さを象徴するものとして語られてきた。しかし今、その意味合いは静かに、しかし確実に変わり始めている。“誰が、どんな信念で、どこで、誰とつくったのか”──その存在と背景が物語として語られることに、価値が移ろうとしているのだ。

それを体現しているのが、英国コーンウォール発のカジュアルウェアブランド、「Sunray SPORTSWEAR」「Sunray SPIRIT」である。Tシャツとスウェットという極めてシンプルなアイテムにこだわり抜き、すべての製品を日本国内のとある工場で製造している。しかも、単に「日本製」であることを謳うのではなく、その技術と手間、そして職人の名前までもブランドストーリーの中核として前面に出している。

“完璧なTシャツ”を求めてたどり着いた日本

Sunrayは、ファウンダーのコリンが30年間“完璧なTシャツ”を探し続けた結果、「見つからないのなら自分たちでつくるしかない」と決意し、妻のエマと共に立ち上げたブランドだ。ポルトガルの工場での試作は惨敗に終わり、「完璧なTシャツが存在しないのには理由がある」と痛感。そのとき彼の背中を押したのが、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの「悪い工場に良い仕事を期待するな」という言葉だったという。

日本であれば、完璧が“標準”かもしれない。そう信じた彼らは、何ヶ月にもわたり理想の工場を探し続け、ついに出会ったのが、四代にわたり家族経営を続ける100年の歴史を持つ小さな縫製工場だった。皇室の制服も手がけたことがあるというその工場は、伝統的で時間のかかる手法を守り、ヴィンテージの丸編み機を使って生産しており、それはSunrayの無地の白Tシャツづくりにおける“聖杯”のような存在だったという。

しかし、出会ったからといってすぐに仕事が始まったわけではない。英国という日本にしてみれば外国の、夫婦ふたりの小さなブランドが、その工場の大切な生産ラインを担うには、十分な信頼と時間が必要だった。また彼らの製品における要望は、日本の基準・日本の“完璧”から外れることもあり、西洋におけるフィット感や感性の違いを理解してもらうために、2年近い交渉と対話が重ねられた。

そして完成した最初のロットが英国に届いたとき、コリンは箱を開けた瞬間、思わず叫び声を上げたという。あまりの叫び声に驚いた妻のエマが「大変なミスでもあったのか」と隣室から駆けつけると、それはあまりの素晴らしい出来栄えに対する歓喜の叫びだったという。自分たちが求めたすべてのことが完璧になされており、それが、すべてのピースにおいて寸分の狂いもなく、正確に、そして彼らの予想を大きく上回るほど美しく仕上がっていたからだ。

Sunrayは、現在もこの工場と共に歩み続け、彼らの製品は今では世界中の影響力あるセレクトショップに並び、熱狂的なファンを持つブランドへと成長している。

写真 人物 ファウンダーのコリンと妻のエマ

Sunrayはファウンダーのコリンと妻のエマが2人で立ち上げた。

Sunrayの製品は、見た目にはごくベーシックな無地のTシャツやスウェットだ。だが、その一着一着には、他では得難い着心地と存在感がある。使用されているのは、日本の特別なリサイクルコットン「落ち綿(おちわた)」。コットンを最初に櫛けずるとき、短くてふわふわした繊維が残る。これらの短い繊維を職人の見事な技術で再びより直し、糸に戻す。その糸が、SunrayのTシャツ生地やスウェットシャツの表面部分にも使われている。肌当たりと経年変化の美しさを兼ね備えた上質な素材だ。

生地にはヴィンテージの丸編み機で編み立てられたチューブ状の“丸胴ボディ”が採用されており、サイドに縫い目がないことで、着た瞬間にふわりと身体に馴染むようなやさしいフィット感が生まれる。

また、すべての製品がガーメントダイ(製品染め)によって染色されており、着る人それぞれの時間の中で、そのTシャツとの歴史が滲み出るように味わいを深めていく。

ネックラベルは、100%リサイクルポリエステル、タグは、100%再生紙を植物由来のインクで印刷されている。タグを吊るす糸は、ダートムーアで放牧されている希少種のオーガニック羊から採れたウール。梱包用テープは100%再生紙+植物由来の糊を使用。商品のパッケージは、プラスチックを一切使わず100%コンポスタブル(堆肥化可能)、添付されるドキュメント用封筒もリサイクル素材。さらに、すべてクライメイト・ニュートラル(気候中立)の物流で行っているそうだ。

そんなSunrayの目指す姿勢は、「誰でも毎日着られる、ただし、どこにもない定番」。ロゴも主張もない“静かな服”に、そのブランド哲学のすべてが宿っている。

写真 伝統的な手法を守る工場

伝統的な手法を守る工場。Sunrayのブランドブックより。

つくり手が“語られる”ブランド

Sunrayは、製造を担う日本の職人やその技術を「背景」として扱わない。むしろ、それをブランドの大事な“前景”として堂々と伝えている。

生地加工を担当する三浦さんは、業歴40年。工場に入る水の純度に配慮し、鯉が泳ぐ池を設けており、製品の縮みを防ぐ工程を担う。染色は北田さんが手がけており、50年以上のキャリアを誇る彼の手によって、染め・乾燥・裏返し・再仕上げというプロセスが繰り返される。色むらのない、完璧な仕上がりはその手仕事の結晶だ。

このように、製品をつくる工場の技術と特異な技を持つつくり手の姿を明確に示し、彼らの知恵と経験に敬意を払うブランドは、実は世界でもそう多くはない。日本では当たり前とされる精度と丁寧さが、Sunrayの手によってブランド・ストーリーに不可欠な存在として世界に紹介されている。

ここには、「職人は黙って見えないところで仕事をしているもの」「技術は語らずとも伝わる」という日本にありがちな姿勢に対する、ひとつのカウンターパンチがある。これは職人に限ったことではない。物事とは、自分で語るよりも、それを評価し心を動かされた他者が、客観性を持って語るのが最も信憑性が高く、社会的評価は一層高まる。そして、それにより、ブランドの信頼も当然高まる。Sunrayはそれを分かっており、“語られる職人”“語られる工場”をもブランドの核に据えているのだ。そして、自分たちが望んだ工場が製造を承諾してくれて、自分たちのリクエスト以上に完璧なものを常につくり出してくれることへの、絶え間ない尊敬がこのブランドの核になっているのだと筆者は理解している。

コリンとエマに話を伺った時「彼ら(職人さん)をはじめ、工場の人がいなければ、こんなに素晴らしい私たちが理想とするTシャツやスウェットは完成しないのですから」と、語ってくれた。

写真 ブランドブックに掲載された日本の職人の姿

写真 ブランドブックに掲載された日本の職人の姿

ブランドブックでは日本の職人の姿が載る。Sunrayに不可欠な存在であることが伝わってくる。

後編に続く

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日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)
日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)

東京生まれ、ニューヨーク在住。フリーランスを経て、2004年、ニューヨークでリアル コスモポリタンを設立。日欧米亜合わせ数千人のハイプロファイリング・クライアント(日系企業や外資企業日本法人の経営層、政治家、財界人、セレブリティーなど)の包括的なブランディングを手がけてきた。施策提案など総合的なコンサルティングを実施し、高い評価を得ている。主な著書『仕事力をアップする身だしなみ 40のルール』(日本経済新聞出版社) 、『Premium Image Management for Men』DVD監修(SONY PCL)、『NY流 魅せる外見のルール』(秀和システム) など。

日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)

東京生まれ、ニューヨーク在住。フリーランスを経て、2004年、ニューヨークでリアル コスモポリタンを設立。日欧米亜合わせ数千人のハイプロファイリング・クライアント(日系企業や外資企業日本法人の経営層、政治家、財界人、セレブリティーなど)の包括的なブランディングを手がけてきた。施策提案など総合的なコンサルティングを実施し、高い評価を得ている。主な著書『仕事力をアップする身だしなみ 40のルール』(日本経済新聞出版社) 、『Premium Image Management for Men』DVD監修(SONY PCL)、『NY流 魅せる外見のルール』(秀和システム) など。

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