花王・廣澤祐氏「商品やビジネスソリューションの評価が一層高まったカンヌライオンズ」(前編)

カンヌライオンズやアドフェストなどの国際広告賞では、最新のケースやトレンドがわかる授賞式やセミナー、作品展示に加えて、ネットワーキングのためのパーティが行われます。ここには近年、エージェンシーやプロダクションからだけでなく、アドバタイザー、つまりクライアントサイドからマーケターやクリエイターが多く参加しています。彼らは何を目的に参加し、ここで何を得ているのでしょうか。
 
今年6月に、グローバルにおいて最大級のアワード、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下 カンヌライオンズ)が終了しました。第6回目は、カンヌライオンズの結果を振り返りながら、花王デジタル戦略部門 デジタル戦略企画センター 廣澤祐さんにお話をお伺いしました。
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「AI煽り」に疲れたカンヌライオンズ参加者

木村:早速ですが、2025年のカンヌライオンズの振り返りからお伺いできればと思います。廣澤さんは何回目の参加ですか?

廣澤:2回目です。昨年と今年、連続で参加しました。

木村:僕は初カンヌの衝撃について、「ファーストカンヌは二度と来ない」という言葉をよく使うのですが、昨年の印象と2回目の今年の印象はどう違いましたか?

廣澤:昨年のカンヌは、コロナから続いていた「パーパスへの疲れ」から「ユーモアへの回帰」という、非常に分かりやすい転換点だったと思います。そのタイミングでファーストカンヌだったのは僕にとって刺激的でした。その華やかで高揚感のあった昨年と比較すると、今年はかなり傾向が変わっているように感じています。

昨年は各部門でそれぞれの受賞作に特色があり、バリエーション豊かだったけど、今年は強い事例がグランプリを総なめにする傾向だったと思います。

木村:僕は、2024年のカンヌライオンズのキーワードを「ユーモア」「ニュースタンダード」「AI」という3つで総括したのですが、今年はそういう誰もがうなずく明快なテーマがなかったような気がしますね。

廣澤:そのとおりだと思います。 「AI」について触れると、昨年は「AIでこんな面白いことをやってみた」という事例が多かったのですが、今年はAIがコアアイデアの受賞作品はほとんどありませんでした。

ただし、受賞作と違ってセミナーでは誰もがAIの話をしていた印象があります。

写真 2025年のカンヌライオンズ 会場の様子

2025年のカンヌライオンズ 会場の様子。

木村:では、まずセミナーについてお話を聞かせてください。今年、自分は審査と重なっていたためセミナーがほとんど見れなかったのですが、各セミナーではAIに関してどのように語られていたんですか?

廣澤:セミナーを聴いて感じたのは、AIに対して「悲観的・慎重派」と「楽観的・積極派」の意見がせめぎあっていたということです。
初日の朝、キーノートセミナーに登壇したAppleマーケティング・コミュニケーション担当副社長のトー・マイレン氏は「AIは広告を駆逐することはないが、救いもしない」と言いました。AIがもたらす脅威と、とはいえ楽観的に行こうぜというメッセージの両方の感情が混じったニュートラルな主張でした。

木村:そのセミナーは僕も行ったんですが、確かに悲観と楽観がせめぎ合ってましたね。最後に「我々が運転し、AIは助手席に乗る」と言っていたのが印象的で、僕にはどちらかというと楽観的に聞こえました。

写真 人物 キーノートスピーチで登壇したトー・マイレン氏

キーノートスピーチで登壇したトー・マイレン氏。

廣澤:BBH創設者のジョン・ヘガティ氏は、「AIが機会の民主化をもたらし、誰もがクリエイターになれるようになった。我々に残された競争優位性はクリエイティビティしかない」と語り、これからしんどい時代が来るぞと、私たちに警告を込めてメッセージを発していました。

個人的に特に興味深かったのは、ユニリーバとP&Gのセッションの対比です。
P&GのCBO(最高ブランド責任)であるマーク・プリチャード氏が最初に「みんなの期待を裏切って悪いけど、今日はAIの話はしないよ」と宣言したら、会場から拍手が出たんです。オーディエンスは「AI煽り」に疲れているんですね。彼はマーケティングの王道であるブランド構築の話をしました。

逆に、ユニリーバのCMOであるエシ・エグルストン・ブレイシー氏はすごく対照的で、AIとしっかり向き合っていました。「これまでのマーケティングは『心と頭』のハックだけど、これからは『心と機械』のアルゴリズムのハックだ」と語り始め、プリチャード氏と真逆だなと思いました。

この両社のスタンスの違いが面白かったです。

木村:今回私が審査に参加したチタニウム部門の審査委員長のジュディ・ジョン氏も、最終日の授賞式のスピーチでAIに触れていました。
「今回の審査を通じて、人の気持ちを思いやったり、地球環境に思いを馳せたり、そういった気遣いや洞察はAIにはできないことがわかった」と、人間のクリエイティビティに対する楽観的な文脈でした。

僕らが選んだ4つの受賞作を見てもらえると、どのコアアイデアにも「産業や社会の未来に対する切なる願い」が込められているのがわかると思います。

写真 チタニウム部門の審査委員長を務めたジュディ・ジョン氏

チタニウム部門の審査委員長を務めたジュディ・ジョン氏

廣澤:悲観的な文脈で印象的だったセミナーがありました。毎朝やっているCMOスポットライトというのを見るようにしていたのですが、最初の2日間モデレーターをしていた元P&Gのジム・スティンゲル氏が「マーケティングの未来とは?」という問いを毎回投げかけていたんです。他のモデレーターも同じ質問を5日間共通してしていました。

多くのCMOからは、「ヒューマニティ」などの回答が多かったんですけど、あるCMOが「Not AI」と冗談めいて答えたんですよ。そのときの表情が結構苦笑いになっていて、会場も逆に「なんかAIに対してやばいと思ってんだな」という空気になっちゃったんです。

これまで世界のマーケティングを牽引してきたジム・スティンゲル氏が、こんな質問をすること自体、マーケティングの未来に危機感を抱いていることが伝わってきました。そういう意味では、これは若干悲観的な誘導質問だったような気がしています。

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木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)
木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)

博報堂にてマーケティングからクリエイティブ、デジタル、PRと領域を広げ、2006年に「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。2017年から本社グローバルMD局の局長を兼任し、2021年よりグローバル領域とクリエイティブ領域を担当する執行役員。これまで10のグランプリを含む150以上の国内外広告賞を受賞し、40回近い国際賞審査員経験を持つ。2024年カンヌライオンズデジタルクラフト部門審査員長。The One ClubとADFESTのアドバイザリーボードも務める。

木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)

博報堂にてマーケティングからクリエイティブ、デジタル、PRと領域を広げ、2006年に「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。2017年から本社グローバルMD局の局長を兼任し、2021年よりグローバル領域とクリエイティブ領域を担当する執行役員。これまで10のグランプリを含む150以上の国内外広告賞を受賞し、40回近い国際賞審査員経験を持つ。2024年カンヌライオンズデジタルクラフト部門審査員長。The One ClubとADFESTのアドバイザリーボードも務める。

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