「ゲーム&ウオッチ」、「ゲームボーイ」の開発を手がけた元任天堂の伝説の開発者・横井軍平が提唱した開発思想「枯れた技術の水平思考」。この思想はゲーム業界に限らず、幅広いクリエイターに影響を与えています。人口減少や資源制約という避けがたい現実が待っている日本で、「枯れた技術の水平思考」が活路になるのでは? という仮説を提言するコラムリレー。クリエイターそれぞれがどう「枯れた技術の水平思考」と出会い、自身のクリエイションにどう息づいているのか綴ります。今回は、18歳で起業し、ファッションデザイナーや実業家としてキャリアを切り拓き、現在はメルカリの生成AI推進担当のハヤカワ五味さんに伺いしました(以下寄稿)。
借りパクされて3冊買い直した『枯れた技術の水平思考』
『枯れた技術の水平思考』に出会ったのは、私が多摩美術大学に通っていた頃、将来、ゲームクリエイターになるか、当時すでに始めていたアパレルの事業を拡大していくか、進路に悩んでいた時期だったと思います。きっかけは正直まったく思い出せないのですが、Xの投稿履歴を見ると、どうやら2018年にはすでに読んでいたようです。
この本は、おそらくこれまでに3冊買っています。そのうち2冊は、友人や後輩に貸したまま返ってこない、いわゆる“借りパク”。今となっては絶版で価格も高騰しており、普通に損失なのですが、それでもなお「また買い直して手元に置いておきたい」と思わせるだけの力が、この本にはあるのです。今では、誰にも貸さないし、裏表紙に大きく名前を書いています(笑)。
技術者と商人の絶妙なバランス
著者の横井軍平さんは、任天堂でゲーム&ウォッチやゲームボーイなどを生み出した伝説的な開発者。彼が提唱した「枯れた技術の水平思考」は、最新技術を追い求めるのではなく、安定しきった技術を別の用途で転用し、そこに価値を生み出すという考え方です。たとえば、電卓のパーツをゲーム&ウォッチに流用するといったような、技術的な派手さよりも堅実さやお客様のことを第一に考えた思考。これはまさに“商人”としての直感と美意識が合わさっている、絶妙なバランス感だなと思います。
この本を読んで私が衝撃を受けたのは、モノづくりにおけるビジネスと技術のバランス感覚です。10代からものを作って売るという経験はしていましたが、「どうすれば現実的に届けられるか」という視点はまだあまり持っていませんでした。素材の選び方、工場との折衝、販売価格、理想と実現可能性の間にある“設計”の妙。これは、その後の私の起業家としての視点に大きな影響を与えました。
そして今、AIや新規事業の領域に関わるようになった私にとっても、この「枯れた技術の水平思考」は、まったく色褪せていません。最先端の技術だけに飛びつくのではなく、使い慣れたものも活用し、すでにある仕組みをどう再構成するか。その視点が、かえって最も人に届く体験やプロダクトを生み出すのではないかと思っています。
後半はこちらから。

