恒太郎さんの『THINK PUBLIC』は、広告におけるクリエイティブという職域に、エグい鋒を突きつけている。長い間、広告は「モノを売る装置」として企業と市場を結びつけてきた。その射程は、単なる社会貢献やCSRといった領域を、微速ながらも、無自覚に、流行の上澄みに乗って僅かに延ばし、越えてきた。しかし今日、消費者は単なる顧客ではなく社会の担い手であり、広告は社会課題を可視化し、行動を変える力を持つ公共的な装置へと変貌を迫られている。本書はその転換点において、広告人に「あなたの仕事は、誰のためにあるのですか」と問いかけている。このタイトルを見て思い出したのが、1997年、アップルが展開したキャンペーン「Think Different」だ。本書でも触れられているこのキャンペーンは、 既存の常識を覆す創造的精神を世界に刻んだ。それは製品の差別化を超えて「世界の見方を変えよ」という思想の宣言だった。本書は、その継承線上にある。しかし、対象はより広い。広告やデザイン、コミュニケーションに携わる人々に対し、「社会を変えるためにこそ、その創造力を使え」と迫っている。広告はもう、ブランドを飾る装飾ではなく、公共をつくるための実験の場であるべきだと。
ここで別のレイヤーから強く響き合うのが、台湾のデジタル大臣を務めたオードリー・タンの『PLURALITY』で提示される「多元性」の思想だ。中央集権的に統制するのではなく、多様な声がネットワークの中で共存し補完し合う。真の調和は、差異を避けることではない。広告屋が声高に謳い続けた「差別化」は過去だ。その発想は、広告が一方的に「伝える」ものから、社会と「共につくる」営みに移行する必然を示しているようにも思えてくる。
そしてもう一方の主役は、その先を担う世代だ。わたしたち広告屋は、わりと長い間、マーケやストプラの出してくる、Zというターゲットの世代論に随分と辟易としてきた。しかし俯瞰してみると、彼らは、ダイバーシティ、気候危機、ジェンダー、格差といった問題に対して声を上げ、行動を選び取ることを恐れない。公共への関与は「余暇」ではなく「生き方」そのもの。彼らにとって広告は「消費を煽るもの」ではなく、「共感と変革のメディア」であり、社会的な連帯へと接続させるための思考の道具箱となっていくのではないか。
広告屋への問いは、立った。あなたのコピーやビジュアル、ナラティブは、誰の未来をつくっているのですか。Z世代の湿度のある情熱が示す可能性を前に、従来の広告の枠組みに安住することは、創造の放棄に等しい。『THINK PUBLIC』は業界に突きつけられた大きな「Think」となった。そして新たな 世代にとっては、自らのアクションを社会と結びつけるアプリのプログラムになった。
「Think Different」の時代を越え、今、わたしたちが求めているのは、まさに「Think Public」だ。広告は公共の未来をつくる創造的営為であり、その可能性を最も鮮やかに生かせるのは、他ならぬ新しい世代なのかもしれない。ただ、その「Public」のなかには、わたしも包含されている。「Think」するしかない。そして同時に、あるいはそれ以上に「感じる」ことを忘れてはい けないのだと思った。

『THINK PUBLIC 世界のクリエイティブは公共の課題に答えを出す』杉山恒太郎
(著) 河尻亨一(編集協力)
定価:2200円(本体2000円+税)
ISBN 978-4-88335-628-7
小学館「ピッカピカの1年生」、サントリーローヤル「ランボー」などで国内外の広告賞を多数受賞し、世界最大級の広告祭・カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルの国際審査員を3度務めるなど、国内外で活躍するクリエイター 杉山恒太郎氏。
国内外のクリエイティブを熟知し、考察し続けている杉山氏による新刊『THINK PUBLIC 世界のクリエイティブは公共の課題に答えを出す』で取り上げる広告は、一般的に「公共広告」と呼ばれているものが多くあります。「公共広告」と聞くと、非営利団体や行政、国連関連組織によるキャンペーンを想像する方が多いかもしれません。しかし、本書では企業による公共サービス型の事例も織り交ぜながら、さらに一歩踏み込み、氏はこれからの広告のあるべき姿とし「THINK PUBLIC」を提言します。
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