離島に移住して蒸溜所を開業
━━キリンビールを飛び出し、クラフトジンづくりを始めたきっかけを教えてください。
門田:キリンビールでは50歳になると「ライフプランセミナー」という研修を受けるんです。早期退職制度の説明も含まれていて、会社としては「そろそろ次の人生を考えろ」というメッセージだと受け取っています。自分の年表を作って、入社から今までの出来事と感情の起伏を可視化していきます。
それを書いてみて、「ああ、やっぱり自分はお酒が好きでキリンビールに入ったんだな」とか、「ものづくりやマーケティングが好きだったな」と改めて気づいたのです。でもそれも、「あと数年で終わっちゃうかもしれない」と思ったのが、きっかけでした。それで小元さんに、「自分たちで酒をつくりたい」と相談しました。
小元:僕はちょうどキリンビールを辞めるタイミングで、次のことは何も決めていませんでした。お酒は30年やってきて、やり尽くした感もあった。でも門田くんからの話は、今までにない新しい挑戦ができると思ったのです。メーカーとして制約の中で作るものではなく、自分たちの理想を形にできる。それが魅力でした。
それに、門田くんと一緒にやった仕事はほとんどうまくいっていて、成功確率が高い(笑)。誰とやるかも大事で、最初から「これはうまくいく」と思えたのです。不安はまったくなかったですね。
━━実際に動き出したのは、いつ頃からでしょうか。
門田:2020年3月に相談してすぐに動きたかったのですが、コロナ禍もあって候補地探しのための全国各地への移動が難しく、しばらく待機していました。2021年4月にようやく五島に行けるようになって、他の候補地も含めて視察しました。5月には五島にしようと決めて、クラフトジンの味や香りを決める重要な役割のブレンダーの鬼頭英明さんにも声をかけて、9月に銀行から融資を得て、10月に退職届を提出。2022年2月に最終出社して、4月に移住、12月に開業しました。
五島つばき蒸溜所の取締役で製造・開発を担当するブレンダーの鬼頭英明氏
━━五島列島の福江島にある半泊(はんとまり)を選んだ決め手はなんだったのでしょう。
門田:お酒って、土地の風土や文化と結びついているものです。五島にはカトリック教会群の世界文化遺産や弘法大師・空海に結びつく歴史があって、風景にも人にもその文化が染み込んでいる。島全体が物語を帯びているように感じました。
特に、半泊はとんでもない場所です。険しい小道が続き、Googleマップのレビューには「死ぬかと思った」と書かれているほど(笑)。地元の人にも「観光客も従業員も来ない」と反対されました。でも小元さんは最初から「ここがいい」と言っていて。
小元:ここで酒をつくれば、絶対にいいものになる、と確信していました。こういう場所だからこそ、価値がある、と。今では毎日7〜8人が蒸溜所を訪れてくれます。
細い山道をぬけてやっとたどり着く、小さな入り江に五島つばき蒸溜所がある。蒸留所は毎週土曜日に見学ができる。ジン専用蒸留器は、世界最高峰のメーカー・アーノルドホルスタイン社によるハンドメイド。椿のタネをモチーフにしたチャンバーを持つ。またステンドグラスは、五島つばき蒸溜所のロゴや福江島の風景を彩る。



