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従業員は最重要ステークホルダー
企業の成長戦略において、従業員の存在意義はますます高まっている。電通PRコンサルティングの井口理氏は、複数の調査データをもとに、その重要性を指摘する。
PR会社グローバル大手のエデルマンの調査「2020 Edelman Trust Barometer: Global Report」によると、企業の継続に重要なステークホルダーとして従業員が顧客と並ぶという。井口氏は「もはや株主一辺倒の時代ではないことをデータが示している」と語る。さらに南カリフォルニア大学の調査では、PRの専門家が企業の評判をリードする存在として最も多く挙げたのも「従業員」であった。「企業の理念や内情を深く知る従業員一人ひとりが、企業のリアルを伝える強力なメディアになっていることの表れだ」と分析する。
電通PRコンサルティング エグゼクティブフェロー 井口理 氏
こうした背景から、井口氏はインターナルコミュニケーションをBCP(事業継続計画)そのものだと位置づけた。災害やシステム障害だけでなく、人材の確保とエンゲージメント維持こそが、事業存続を左右する現代のリスクである。従業員と向き合うことは、もはや福利厚生ではなく、企業の根幹を支える経営戦略なのだ。
エンゲージメントの鍵は「横の関係性」
従業員のエンゲージメントを高めるうえで、企業のパーパスやビジョンを共有することは、今や王道のアプローチと言えるだろう。電通PRコンサルティングの調査でも、エンゲージメントの高い社員は、自社の社会に提供する価値や次世代に向けたビジョンに強く共感していることが分かっている。
しかし井口氏は「それだけでは十分ではないかもしれない」と、新たな視点を提示する。同じ調査で、高エンゲージメント層が企業文化として最も重視する価値観は「チームワーク」であった。この結果から、トップダウンのメッセージ伝達だけでなく、従業員同士の横のつながりを醸成することの重要性を読み解く。
そこで鍵となるのが「ナラティブ」という考え方である。ナラティブとは、企業が用意した一つのストーリーを一方的に浸透・定着させるのではなく、そのメッセージを受け取った人々がそれぞれに解釈し、自分ごととして理解することを容認し、またその反応を自社もしっかり認識するということ。すなわち自社メッセージが社会でどのように受け止められたかの客観的な評価をしていこうという傾聴の姿勢でもある。そしてそれはインターナルコミュニケーションにおいても同様だという。従業員一人ひとりが会社に対する自らの解釈を加え、語り合える余地を残すこと。そうした環境こそが、多様な考えを許容し、主体的な共感を育むのだという。
その好例として井口氏が挙げたのが、ある企業で行われている部署や年次を問わず誰もが参加できる「アンバサダー活動」や、他部署の業務を体験する「半日職場体験」。これらを通じ、従業員同士が自然に交わる機会をことある毎に創出しているという。こうした「横の関係性」を育む環境づくりが、エンゲージメント向上の次の一手となるだろう。
採用とインターナル施策は表裏一体
インターナルコミュニケーションの考え方は、採用活動においても有効な示唆を与えてくれる。井口氏によると、近年の就活生が最も重視するのは、働いている人の魅力や職場の人間関係だ。彼らは公式情報だけでなく、SNSなども駆使して企業の本音やリアルな姿を探っている。
この潮流を捉えた好例が、専門商社・山善の採用コミュニケーションである。同社はInstagramで若手社員たちの雑談やPCのショートカットキー談義といった、ごく自然な日常風景を動画で発信した。井口氏は「この飾らないリアルなコンテンツが就活生の安心感と共感を呼び、企業の魅力として伝わった」と解説。さらに「採用広報は社内を活性化させる絶好の機会になる」とも強調する。学生に自社の魅力をどう伝えるかを考えるプロセスは、既存社員にとっても自社の価値を再認識するきっかけとなる。採用とインターナルは、まさに表裏一体の関係なのだ。
明日から試せるエンゲージメント向上の仕掛け
従業員同士の「横の関係性」を育むためには、具体的にどのようなアプローチがあるのだろうか。井口氏は、誰もが参加しやすいユニークな手法を2つ紹介した。
1つ目は「鬱憤(うっぷん)構文」というカードゲーム形式のワークショップである。これは、「〇〇なんじゃないか問題」「△△説」といったフレームに当てはめ、参加者が日頃感じている仕事のモヤモヤを言語化するものだ。ゲーム感覚で本音を吐き出すことで、課題が顕在化し、改善への糸口が見えてくる。実際にこの手法で導き出された企業内課題では、若手がマネジメントになりたがらないというインサイトが発見されたそうで、それを「中間中間管理職」(中間管理職と若手社員のさらに中間に位置する社員)というネーミングでメディアに発信したところ社会的なテーマとして報道にもつながったそうだ。
2つ目は、視覚情報を遮断した環境でおこなう対話型ワークショップ、その名も「ビジョンクエスト」である。井口氏が紹介した日立製作所の事例では、参加者はアイマスクを着用し、聴覚や嗅覚などの感覚を研ぎ澄ませながら実際に視覚障害者であるブラインドコミュニケーターをファシリテーターとして対話に臨む。普段の立場や関係性を離れ、内面に集中することで、より率直で深いレベルのコミュニケーションが生まれるという。参加者からは「1時間半でここまで深い話ができた」「会社の新たな魅力に気づけた」といった声が聞かれ、年次や職制を超えた相互理解を深めるうえで有効な手法であることがうかがえる。
従業員は共に企業の価値を創るパートナーへ
井口氏は講演の最後に自身の経験を振り返りながら、これからのインターナルコミュニケーションのあり方について持論を述べた。「重要なのはメッセージを正しく伝えることだけではない。それを受け取った従業員がどう感じ、何を語り合うのか。その対話のプロセスそのものをデザインすることだ」。かつて理念浸透のために何度も説明会を繰り返したものの、一方的な伝達だけでは真の共感は生まれにくかったという自身の体験についても話した。
これからの広報やマーケティングの担当者に求められるのは、単なるメッセージの発信者ではなく、従業員同士が自由闊達に交われる環境を創り出すコミュニティの醸成者としての役割なのかもしれない。従業員を伝える対象ではなく共に価値を創るパートナーと捉えること。その視点の転換が、企業の新たな成長をもたらす原動力となるだろう。
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