今、価値があるのは、実体験に裏打ちされたアイデア

アメリカ・パーソンズ美術大学卒業後、ニューヨークの広告会社やジェイ・ウォルター・トンプソン(現・VML)で経験を積み、現在はヘルスケア企業のキャンサースキャンでクリエイティブディレクターを務める郷司実さん。多様性の中で磨かれた視点と、謙虚さを忘れない姿勢は、広告業界における「本質的な価値」を問い直します。国境を越えて培ったキャリアと、若手クリエイターへのメッセージをマスメディアンの荒川直哉が伺いました。

「自由な表現」の裏にある繊細な配慮

━━郷司さんは、アメリカのパーソンズ美術大学を卒業後、そのままニューヨークのグラフィック広告の会社に就職されました。日本の広告業界との違いを感じたことはありますか。

アメリカ、とりわけ僕がいたニューヨークは自由なイメージが強いですよね。でも、表現においてはけっこう気を使う場面が多かったです。アメリカには本当にいろんな人がいて、文化も宗教も、価値観もばらばら。広告も、「みんなだいたい同じ感覚を持っている」という前提で制作することができません。誰が見ても違和感のないメッセージをつくるのが、すごく難しいんです。そのため、言葉の選び方、色使い、背景にある文化的な意味など、細かいところまで配慮しなければなりませんでした。アメリカの広告業界は、自由に見えて、実はすごく制約が多く、繊細なバランスを求められる世界でしたね。

キャンサースキャン
クリエイティブ本部長・クリエイティブディレクター
郷司実 氏
多摩美術大学美術学部建築科(当時)を卒業後、渡米。パーソンズ美術大学コミュニケーションデザインにて広告を学ぶ。卒業後、ニューヨークのグラフィック系広告会社にアートディレクターとして入社。2001年の米同時多発テロをきっかけに帰国し、外資系広告会社ジェイ・ウォルター・トンプソン(現・VML)に入社。2021年にキャンサースキャンへ入社、クリエイティブ本部長に就任。

━━「サラダボウル」なんて言われますよね。

アメリカの広告業界をも象徴している言葉だと思います。いろんな人種や文化が共存している社会だからこそ、広告にも、その多様性がしっかり反映されていないといけません。

例えば、出演者をアサインするときは、アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系など、複数の人種を同時に起用するのが基本。これはトレンドではなく、業界のルールです。

━━働き方の違いについてはいかがでしょうか?

アメリカは、ワークライフバランスの意識がすごく高い。自分や家族の時間を何よりも最優先します。僕も新入社員のときから、夕方6時~7時頃には会社を出て、ガールフレンドと映画を見て帰る、なんて日もよくありました。美術館や博物館も遅くまで開いていますし、インプットの時間を持つのが当たり前という感覚でした。日本の広告業界でも働き方改革が進んでいますが、まだまだ定時でさくっと帰りづらい雰囲気はありますし、そもそも仕事が終わらないですよね…。

━━なぜ日本に戻ることになったのですか。

2001年9月に起きた同時多発テロを境に、アメリカの空気は一変しました。個性や多様性を尊重する雰囲気だったのが、愛国心を強調するムードに包まれるようになったのです。

その変化は、広告の世界にも見られました。星条旗に象徴されるイメージと、「団結」や「誇り」といったフレーズが溢れ、僕が好きだった、自由で開かれたアメリカとは、少し違うものになってしまったと感じたんです。

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荒川 直哉(マスメディアン 取締役 国家資格キャリアコンサルタント)
荒川 直哉(マスメディアン 取締役 国家資格キャリアコンサルタント)

マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。

荒川 直哉(マスメディアン 取締役 国家資格キャリアコンサルタント)

マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。

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