生成AI時代に、体験がPRの核心に戻ってくる──欧州から見えた新しい広報潮流

2025年は、生成AIが企業活動のあらゆる領域で本格的に浸透し始めた年でした。広報・PRにおいても、情報整理や原稿作成の生産性は飛躍的に向上し、これまで人が担ってきた作業の多くが自動化へと向かっています。その一方で、AIの普及が進めば進むほど、欧州のPR現場では「人間がその場にいて体験すること」の価値が、むしろ強く意識されてきたようです。本連載で紹介してきた各国の事例を振り返ると、AI時代だからこそ、人間の“経験”が信頼を生む中心に戻ってきたという潮流が浮かび上がります。

体験が信頼の基盤として再評価

ドイツのPR会社TDUBがケニアで展開したプロジェクトでは、コミュニティと共に建築ブロックの使い方を学び、実際に街の未来を「自分の手でつくる体験」が人々を動かしました。英国のAMBITIOUS社が手掛けたプロジェクトでは、写真家が一人ひとりの利用者と向き合い、その人の記憶に触れながら撮影したエモーショナルな写真が、多くの市民の共感を集めました。そして前回紹介したPublic Dialog社によるXPENGのポーランド事例では、まずは試乗してもらうという身体的な経験を起点に、新興ブランドへの信頼が醸成されました。

欧州のPR現場では、生成AIが高度化するほど、「説明」や「情報」だけでは人は動かないという前提が、より明確になりつつあるようです。人と人が同じ場所に集まること。身体でもって何かに触れること。思いがけず心が動く瞬間を味わうこと。こうした“不可視の体験”こそが、態度と行動を変える力になる。その姿勢が各国の事例に通底していました。

ポルトガル海沿いの町ナザレの海岸(筆者撮影)

サステナビリティと社会的責任が、PRを形づくる背景に

今年の欧州特集を貫くもう一つの視点は、PRが「企業の社会的責任」を示す装置として機能している点でした。EUではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)を中心に、企業に対する情報開示が強化され、環境・人権・社会貢献などの分野で、企業活動はかつてないほど透明性を求められています。PRはその要求に応えるための“届け方の工夫”ではなく、企業の価値観や行動規範を、市民と共有し検証可能にするプロセスそのものとして扱われています。

ルクセンブルクのOxygen社のケースのように、欧州のPR会社は、企業を擁護するためではなく、社会の一部としてその責任を可視化し、対話と調整を行う役割を担っているように見えます。日本ではまだ“ストーリー”や“物語”が強く意識されがちですが、欧州ではむしろ「根拠」「制度」「市民社会」の三層を前提に、PRが企業と社会を結ぶ“共通言語”として使われているように思います。

ポルトのアルマス聖堂にあるアズレージョ(筆者撮影)

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岩澤康一(Key Message International代表取締役)
岩澤康一(Key Message International代表取締役)

国内/外資のファームでデジタル、グローバルな広報・PR経験を積んだコミュニケーションの専門家。TBSワシントン支局に勤務後、在シリア日本大使館広報文化担当官、日本国際問題研究所広報部長などを歴任。米アメリカン大学より国際平和紛争解決法修士号、早稲田大学よりジャーナリズム修士号取得。日本広報学会理事。情報経営イノベーション専門職大学客員教員。弘前大学客員教員。著書に「世界標準の説明力 頭のいい説明には『型』がある」(SBクリエイティブ )。

岩澤康一(Key Message International代表取締役)

国内/外資のファームでデジタル、グローバルな広報・PR経験を積んだコミュニケーションの専門家。TBSワシントン支局に勤務後、在シリア日本大使館広報文化担当官、日本国際問題研究所広報部長などを歴任。米アメリカン大学より国際平和紛争解決法修士号、早稲田大学よりジャーナリズム修士号取得。日本広報学会理事。情報経営イノベーション専門職大学客員教員。弘前大学客員教員。著書に「世界標準の説明力 頭のいい説明には『型』がある」(SBクリエイティブ )。

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