第1回は、前田氏ご自身のキャリアの軌跡を振り返りながら、葬儀関係企業の立ち上げから「縮充研究所」の設立に至るまでの経緯を紹介します。さらに、地域創生の先に待つ「縮充」という新しい概念がどのように社会に役立つのか、その可能性についても深掘りしていきます。
日本の地域や社会を語るとき、私たちは長らく「成長」を前提にしてきた。人口が増えること、税収が伸びること、担い手が増えること。それらが“成功”であり、逆は“失敗”だという暗黙の了解があったように思う。
だが、人口減少が不可逆な現実となった今、その前提そのものが問い直されている。その文脈で近年、注目され始めているのが「縮充(しゅくじゅう)」という考え方だ。縮充とは、規模や量が縮小していく中でも、暮らしや関係性、納得感が充実していく状態を目指す社会の捉え方である。
本連載では、この「縮充」という概念がどこから生まれ、なぜ今必要とされているのかを掘り下げていく。第1回ではまず、その起源として、私自身のキャリアと問題意識を振り返りたい。
地方創生の“成功例”の只中で生まれた違和感
私は2000年、東京都杉並区に生まれた。高校進学を機に、島根県・隠岐諸島の海士(あま)町にある隠岐島前高校へ進学した。釣り好きが高じ、高校3年間毎日釣りをしていられる環境がないかと探したのが、きっかけだった。
海士町は、全国的に「地方創生の成功事例」として語られることの多い地域だ。現在では約2200人の人口のうち約2割をIターン者が占める。確かにそれは一つの成果であり、否定されるものではない。
撮影:村井瑠菜
だが、そこで暮らす中で、私はある違和感を覚えるようになった。もし「増えること」「右肩上がりであること」だけを成功と定義するならば、人口が減っていく大多数の地域は、相対的に“失敗”になってしまうのではないか。
日本全体で人口が減少していく以上、すべての地域が成長・存続することはあり得ない。それにもかかわらず、減ること=悪いこと、という価値観が社会を覆っている。「限界集落」「消滅可能性都市」といった言葉が象徴するように、縮小する地域にはネガティブなラベルが貼られ続けてきた。
しかし本当に、人が減ると不幸になるのだろうか。人が減りながらも、納得感のある暮らしを営むことはできないのか。この問いが、後に「縮充」という言葉へと結晶していく。



