シリコンバレーで投資活動を行い、『アフターAI』で生成AIの未来地図を提示したシバタナオキ氏。そして、国内電通グループでAI推進を担い、『AIネイティブマーケティング』で人とAIの幸せな関係を説く並河進氏。日米の最前線を知る2人の著者が、本格始動する2026年のビジネスシーンを見据えて議論した。
「日本には勝機がある」ことを伝えたかった
並河:シバタさんの『アフターAI世界の一流には見えている生成AIの未来地図』は、AIに関してはまずはこれを読んでおけば良い、という要素が網羅されていると感じました。なぜ、この本を書かれたのですか?
シバタ:私はシリコンバレーで投資活動をしているのですが、こちらは「AI祭り」のような状態で、必然的に投資の大半がAIになっています。そんな中で、あえて日本市場向けに本を出した理由は、日本がAIに関して出遅れることがないようにしたかったからです。本の中でも書いていますが、「バーティカルAI」と呼ばれる業界特化型のAIのレイヤーであれば、日本企業にも世界で戦えるチャンスがあると僕は思っています。
バーティカルAIとは:
特定の業界や業務に特化したAIを指す。ChatGPTのような「汎用AI」(幅広い分野に対応するが専門性は浅い)に対して、特定分野の専門知識と精度を追求する点に特徴がある。
近年、「デジタル赤字」という言葉もあるように、日本にある種の“負け癖”がついているように感じていました。データセンターやLLM(大規模言語モデル)のレイヤーで今からアメリカや中国に勝つことは難しいですが、特定の業界内の業務を自律的にAIエージェントが行うようなアプリケーションの開発については日本にもチャンスがあると思っています。そのようなスタートアップがアメリカにも何千、何百と存在していて、この領域で日本企業ももっと頑張ってほしいという思いも込めています。
日本の新人研修のスキルは、バーティカルAI開発に応用できる
並河:「バーティカルAI」を日本企業の「勝ち筋」にするためのポイントは何だと考えていますか?
シバタ:私はAIエージェントの作り方を説明するときに、LLMは「みなさんの企業に入社する、偏差値70以上のものすごくレベルの高い新入社員だと思ってください」と説明しています。仮に偏差値75の東大卒の新入社員がいたとして、入社初日から現場で仕事ができるかというと、そんなことはありえない。その会社の仕事の仕方を知らないからです。新入社員に対しては、どこの企業でも研修やOJTで仕事の進め方を教えていきますよね。LLMに対しても研修ステップが必要で、それによって各業界、職種に特化したAIエージェントができあがります。うまくいっているバーティカルAIのスタートアップは100%、LLMに対する教育をずっとやり続けています。
私はここに日本企業が強みにできるポイントが2つあると思っています。1つ目は、新卒一括採用からプロフェッショナルなビジネスパーソンに育て上げるプロセスです。欧米ではスキルのある人を採用して、すぐ現場へ投入するので、日本企業のような育成プロセスは持っていません。会社という組織が人材をプロフェッショナルに育てるノウハウを持っていることは、AIエージェントの開発においてもすごく強みになる。
2つ目は、日本が課題先進国であることです。課題先進国というのは東京大学元総長の小宮山宏先生の言葉で、少子高齢化や労働者不足、インフラの老朽化などの先進国が直面していくであろう課題に先んじて向き合っていることを表現しています。こうした課題の対策としてAIエージェントを活用できれば、他国に先んじて有効な課題解決能力のあるAIエージェントを作ることができるし、場合によっては海外に輸出もできる。デジタル赤字の状態を反転させられるのではないかと個人的に思っています。
並河:バーティカルAIの開発に日本企業の社員育成システムが生かせるのでは?という発想は面白いですね。しかも、課題先進国であることを逆手に取って、世界に輸出しようという道筋もすごくいい。
シバタ:どちらも日本のネガティブな面として語られることが多かったと思いますが、いまこの一瞬だけ、強みになるかもしれないと思っています。スマホやクラウドで負け続けてきた流れをひっくり返すことができるかもしれないので、ちょっと気合を入れて世界に通用するAIエージェントを開発してほしいですね。
AIネイティブ=人とA Iが当たり前に共存していく世界へ
シバタ:私からも質問です。『AIネイティブマーケティング』は並河さんにしか書けない本だと思います。電通という大きな会社でAIの導入や業務変革を推進することは大きなチャレンジだったと思いますが、並河さんが本に書こうと考えた理由は何だったのですか?
並河:私がAIとクリエイティブの融合に取り組み始めた10年前は、LLMもなく、機械学習で予測モデルを作ったり、クリエイティブの自動生成に挑戦することがスタートで、今考えると、まだまだおもちゃ的なものでした。ここから、動画効果予測「ブランドリフトチェッカー」(2017)や、バナー自動生成「Advanced Creative Maker」(2018)、近年ではAIコピー生成ツール「AICO2」(2024)などの開発に関わってきました。
その後、dentsu Japanの主席AIマスターとなり、社内でバーティカルAI的なものを作ろうとしたときに、それまで点で考えてきた企画が、もしかすると全部つながって、マーケティング全体がAIによって変わるのではないか?と気づいたんです。AIエージェントによって自動化する領域もあれば、人間の創造力を引き上げるような役割を果たす領域もあって、マーケティングプロセス全体に影響を与えていく、この本ではそういう未来像を描きたいと考えました。
また、AIというと万能論と否定論の二極化した議論になりがちなことに危機感を持っていました。この本をきっかけに、人とAIが能動的な共創関係になれるような未来を考えたいと思ったことも執筆の動機です。
シバタ:アメリカでは生成AIがどれくらい人間の生産性向上に寄与してGDPを増加させるかを計算している経済学者が何人もいるのですが、どうやらパソコンが登場したときに匹敵するのではないかと言われています。当時もパソコン万能論と否定論の議論があったと思いますが、今、パソコンのない生活は考えられなくなっている。同じようなことがAIでも起きていくのかもしれません。

