人口は減っていく。しかし、国土は減らない。この当たり前の事実が、これからの地域にとって大きな問いを突きつけている。
担い手が減り、これまで通りの管理や運営が難しくなっていく一方で、土地・インフラ・産業をはじめとする人々の暮らしはそこにあり続ける。第4回では、人口は減るが土地は残る。人口が減り、暮らしに必要な営みはそのままでは続けられない、という現実に対して、縮充という視点からどのような選択肢があり得るのか、私たちが実践している二つの取り組みを手がかりに考えてみたい。
耕作しない、放棄もしない──農地の「第三の選択肢」
農地の問題は、多くの場合「耕作(活用)するか、放棄するか」という二択で語られる。しかし現場に立ってみると、その間にもう一つの現実的な選択肢があることが見えてくる。それが、「粗放的に管理する」という考え方だ。
ここで言う「粗放的に管理する」とは、かつてのように年に2~3回、人手で全面的に草刈りを行う管理を指しているわけではない。日常的な抑草はヤギなどの力を借り、必要な箇所だけを人が仕上げる。「日常的な抑草(動物)」と「最低限の人手」を組み合わせた管理のかたちである。また、管理の目的も耕作のためではない。人の生活圏と山との間に緩衝地帯を残し、獣害や延焼といったリスクを抑えること。収穫や生産ではなく、暮らしの安全を維持するための管理だ。
私たちは、耕作放棄地や担い手不足が進む農地に対し、ヤギを活用した除草・管理の事業「草刈りヤギちゃん」という事業を行っている。日本では戦後直後、約60万頭のヤギが飼育されていたと言われているが、現在は2万頭程度まで減少している。かつてはごく身近だった動物が、いつの間にか暮らしの中から消えていった。
もちろん、ヤギですべての課題が解決できるとは思っていない。しかし、人口が減り、人手が減っていく社会において、動物の力を借りるという選択肢は、もっと真剣に検討されてもよいのではないかと考えている。
耕作をしないからといって農地を完全に放置すると、人の生活圏と山との緩衝地帯が失われる。その結果、近年各地で問題になっている野生動物の出没、とりわけクマが人里に降りてくる問題を助長することにもつながる。緩衝地帯があれば野生動物は人の生活圏に近づきにくい。これは経験的にも知られていることだ。
体力的にも精神的にも、毎年草刈りを続けるのは大きな負担になる。作物をつくるわけでもない土地の草を、ただ刈り続ける虚無感は計り知れない。そうしたときに、完璧ではなくても、ヤギが草を食べてくれて、粗放的に管理できるという選択肢があってもいい。
将来的に集落が無住化するのであれば、段階的に山へ還していくこともできる。ずっと維持し続ける必要はない。「人の暮らしがあるあいだは、無理のない形で管理する」という時間軸の発想こそ、縮充的だと考えている。

