本コラムは2026年4月1日発売予定の『THE CUSTOMER CENTRIC COMPANY 顧客基点経営 10の実践』の編著者、岩井琢磨氏をはじめ多くの企業の「顧客基点経営への変革」を支援してきたコンサルティング・ファーム顧客時間の主要メンバー5人による特別企画です。第1回は顧客時間 代表取締役 岩井琢磨氏が担当します。
夜明け前の予言
企業は、テクノロジーを使えば、今やその要求に応えることができる。インタラクティブ技術やデータベース技術で、一人ひとりの顧客のニーズや好みに関する膨大な量のデータを蓄積し、情報処理技術とフレキシブルな製造システムを活用して、大量の商品やサービスを、あまりコストをかけずに、個々の顧客ごとにカスタマイズできるのだ。」
現代的なCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)のあり方を極めて端的に、かつ本質的に述べているように見えるこの文章。驚くべきことに、いまから30年以上前、1995年に出版された『One to Oneマーケケティング:顧客リレーションシップ戦略』(ドン・ペパーズ & マーサ・ロジャーズ/ダイヤモンド社)からの一節である。
社会全体の「デジタルイノベーション」は、1990年代後半からのインターネットの普及によって幕を開けたと言われている。社会全体の変革が起きる際の他事例に準えると、真のデジタル社会が到来するのは2040年ごろではないかという予測もある。そう考えれば、この1995年の言葉は、デジタルイノベーションがCXにどのような劇的な変化をもたらすのかを、まさに「夜明け前」に予言したものと言えるだろう。まだDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉すら存在しなかった時代に、デジタルを背景とした体験の変容について、これほどまでに的確に見通されていたことには、改めて畏怖の念すら覚える。
DX失敗の本質
その一方で、近年の日本企業がこぞって取り組み、そしていまや一時のブームが終了した感すらある「DX」という活動は、果たしてどのような変化をもたらしただろうか。
いま多くの企業の現場で、あるいは経営層から筆者らが耳にするのは、「DXの予算を使い、システムも入れたはずだが、肝心の事業変革が全く起きない」という声である。なぜ莫大な投資をしても、変革は起きないのか。
その要因は、DXという活動そのものにあるのではない。最大の問題は、活動の開始前にある。本来ゴールとして描いておくべき「実現を目指す顧客体験(CX)」が曖昧なまま、あるいは全く描けていないままにプロジェクトを強行したことにある。
DXの大前提とは、デジタルによって根底から変化する社会構造や、そこで生まれる新たな顧客価値を実現するために、自社の経営様式そのものを変革することにあるはずだ。つまり、あらゆる活動の「目的」は顧客にある。この「顧客不在」の状態こそが、多くの企業が陥っているDX失敗の本質である。