前回(第7回)では、企業がIPとコラボレーションする際、単なる「知名度の借用」ではなく、S-Dロジック(サービス・ドミナント・ロジック)に基づく「文脈の共創」がいかに重要かを論じた。今回はその議論を一歩進め、特定のターゲット層に熱烈な支持を持つ「過去の名作(アーカイブIP)」の活用に焦点を当てる。
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いま、マクドナルドやJRA(日本中央競馬会)といったナショナルクライアントが、往年のアニメやインターネット・ミームとなった楽曲など、アーカイブIPを積極的に広告に起用し、凄まじい反響(インプレッション)を獲得している。成功の裏にあるのは、現代風の「再解釈」による鮮やかなリバイバルだ。
しかし、そこには危うい落とし穴も潜んでいる。全世代にアプローチしようとするあまり、IPをつまみ食いし、その本質的価値を希釈化させてしまう「雑な消費」のリスクである。今回は、成功事例と失敗事例の比較分析を通じ、アーカイブIP活用の「光と影」を浮き彫りにする。
1. マクドナルドに見る「文脈」の完全再現
アーカイブIP活用において、もっとも先鋭的な成功事例の一つとして記憶に新しいのが、日本マクドナルドによるプロモーション動画だ。
2024年初頭、期間限定商品『スパイシーチキンマックナゲット 黒胡椒ガーリック』のPVにおいて、同人サークル「Alstroemeria Records」による楽曲『Bad Apple!! feat. nomico』が起用された。
これはゲーム『東方Project』の楽曲アレンジであり、2009年頃に動画投稿サイト「ニコニコ動画」で投稿された「影絵PV」が爆発的な人気を博した、言ってしまえば筆者も含めた「ネット老人会」感涙のアーカイブIPである。
マクドナルドの凄みは、単に「東方Projectのキャラを使いました」というレベルに留まらなかった点にある。公式動画では、元ネタである「影絵」の演出技法を忠実に再現しただけでなく、その影絵PVのさらなる元ネタである「字コンテ動画(文字だけで構成された構成案)」まで公式X(旧Twitter)で公開するという、極めてマニアックな文脈(コンテキスト)を踏襲してみせた。
さらに、動画内に登場する博麗霊夢やパチュリー・ノーレッジといったキャラクターに、マクドナルドのキャラクターであるドナルドの有名なポーズ(「ランランルー」等)を取らせるなど、ネット上の二次創作文化(ミーム)への深い理解とリスペクトを示した。
ここでは、ロベルト・ベルガンティが提唱する「意味のイノベーション」に近い現象が起きている。単に商品を売るのではなく、「マクドナルドという場は、かつてのニコニコ動画的な、混沌として自由な遊びを肯定する場所である」という新しい意味を付与したのだ。ファンが長年積み上げてきた文脈を企業が高解像度で「再解釈」し、公式がその遊びの輪に加わる。結果として、動画は公開直後からSNSで拡散され、商品への注目を最大化することに成功している。
2. 「全方位外交」のジレンマとリスク
しかし、こうした成功事例は、莫大なリソースと熱量を投じられる企業だからこそ成せる業でもある。
現代のコンテンツ市場は細分化され、世代ごとに愛着のあるIPが分断されている。昭和のロボットアニメに熱狂する層、平成の女児向けゲームに郷愁を感じる層、そしてネットミームで育ったデジタルネイティブ層――。これらすべてを網羅し、ナショナルブランドとしての地位を維持するためには、全方位的なIP採用が必要となる。
実際、近年のマクドナルドの施策を見ると、一般層向けには人気アイドルグループ、かつてのファン層には実力派俳優、ネット層にはVTuberや東方Projectと、ターゲットごとに細かく起用するIPやタレントを使い分けている。
だが、この「全方位戦略」には構造的なリスクが潜む。手広くIPを採用しようとするあまり、一つひとつのコンテンツに対する理解やリソースが分散し、結果として「つまみ食い」のような浅いコラボレーションを乱発してしまう危険性だ。