虚像ではなく実体を見つめる。縮みゆく市場で持続可能性を探る

地域創生やSDGsが注目を集める中、新たに浮上してきたテーマが「縮充」です。近年、規模の縮小が進む中で、そこに新たな充実を見出す「縮充」の概念が注目されています。コラム「縮充研究所」の第6回では、成長を前提としたビジネスモデルの限界と、これからの時代における企業のあり方についてです。人口減少によって市場が縮小するなかで、売上や規模の拡大だけを追い続けるのではなく、いかに無理なく持続する事業を設計し直すか。3つの補助線を手がかりに、「産業の縮充」を考えていきます。

成長か縮小かという二択の限界

人口減少が進むなかで、多くの産業は静かに前提条件を失いつつある。市場は拡大し続ける、需要は増え続ける。そうした想定のもとで組み立てられてきた事業モデルは、もはや当然の前提とは言えなくなってきている。それでもなお、企業経営の議論は「成長するか、縮小するか」という二択の枠組みの中で語られることが多い。

しかし、縮みゆく市場において、この二択は必ずしも現実に即しているとは言えない。成長を続けることが難しくなったとき、縮小がそのまま後ろ向きの状態としてしか捉えられないのであれば、それは明るい未来とは言い難い。いま必要なのは、成長を前提とした評価軸そのものを問い直し、経済規模の成長以外のものさしで事業の持続や価値を捉え直すという、第三の視点ではないだろうか。

産業が縮小を受け入れにくいのか

産業が「縮小」を受け入れにくい背景には、そもそも成長を前提として組み立てられてきた構造がある。株式会社、とりわけ上場企業は、今日株式を購入した人に対しても将来のリターンを示し続けることが求められる。つまり、今日よりも明日、明日よりも明後日へと成長し続けることが、半ば前提として期待されている。

しかし、労働人口も消費者も減少していく時代において、売上や利益を伸ばし続けることは容易ではない。海外展開や多角化といった対応は合理的な選択だが、それでもなお、成長を続けることだけが唯一の正解なのかという問いは残る。縮小を受け入れることが難しいのは、意思の問題というより、そうした構造の中に産業が置かれているからである。

成長至上主義を問い直す

ビジネスの出発点には、社会をより良くしたい、より多く稼ぎたいという欲望がある。欲望そのものは否定されるべきものではなく、その欲望というエネルギーがあるからこそ新しい価値や産業は生まれてきた。一方で、成長が前提となり続けると、いつの間にか「どこまで大きくなるのか」という問いが置き去りにされることがある。売上や規模の拡大が目的化したとき、本来は十分に成り立っていたはずの事業でさえ、さらに拡大しなければならないという圧力の中に置かれてしまう。

欲望が人を前に進める力である一方で、過剰な欲望が常に人や組織を幸せにするとは限らない。拡大の速度が速すぎれば、関係性や品質、働き方に無理が生じることもある。縮充という考え方は、欲望を否定するものではない。むしろ、どこまで拡大するのか、どこで立ち止まるのかという判断を自覚的に行うための補助線である。成長するかしないかではなく、どの規模であれば無理なく続けられるのか。その問いを持ち続けることが、これからの産業にとって重要になっていくのではないだろうか。

産業における縮充の三つの補助線

産業の縮充を考えるとき「いかに成長するか」という問いから一度離れることからスタートしたい。市場が縮小していく社会では、売上の最大化や規模の拡大だけを目標にすると、無理な成長や過剰な競争が生まれやすい。そこで「ちょうどいいスケールを探ること」「売上ではなく関係性を追うこと」「競争だけを前提にしないこと」という三つの補助線を用いて産業の縮充を眼差してみたい。いずれも成長を否定するものではない。むしろ、拡大を前提としなくても事業が持続する状態をどう設計するかという問いに対する補助線だ。

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縮充研究所
前田陽汰(むじょう 代表/縮充研究所)

2000年東京都杉並区生まれ。公立中学校卒業後、釣りをするため島根県海士町の隠岐島前高校へ進学。 その後、慶應SFCに入学。海士町で過ごす中、右肩上がり一辺倒に限界を感じ、 右肩下がり(=縮退局面)のソフトランディングに関心をもつ。死・終わり・撤退・解散など、 タブー視されがちな変化にも優しい眼差しを向けられる社会を作るべく、株式会社むじょうを設立。 自宅葬専門葬儀ブランド「自宅葬のここ」や3日で消える追悼サイト「葬想式」の運営をはじめ、 「死んだ母の日展」や「棺桶写真館」企画展を通じて死との出会い方のリデザインを行っている。 著書に「地方留学生たちの三燈寮物語」「若者のための死の教科書」がある。

前田陽汰(むじょう 代表/縮充研究所)

2000年東京都杉並区生まれ。公立中学校卒業後、釣りをするため島根県海士町の隠岐島前高校へ進学。 その後、慶應SFCに入学。海士町で過ごす中、右肩上がり一辺倒に限界を感じ、 右肩下がり(=縮退局面)のソフトランディングに関心をもつ。死・終わり・撤退・解散など、 タブー視されがちな変化にも優しい眼差しを向けられる社会を作るべく、株式会社むじょうを設立。 自宅葬専門葬儀ブランド「自宅葬のここ」や3日で消える追悼サイト「葬想式」の運営をはじめ、 「死んだ母の日展」や「棺桶写真館」企画展を通じて死との出会い方のリデザインを行っている。 著書に「地方留学生たちの三燈寮物語」「若者のための死の教科書」がある。

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