登壇したのは、NVIDIAスタートアップ・エコシステム担当バイスプレジデントのハワード・ライト氏、AWSアジア太平洋・日本・中国地域担当バイスプレジデント兼共同マネージングディレクターのロブ・チュー氏、Benhamou Global Ventures創業者兼ゼネラルパートナーのエリック・ベナムー氏。モデレーターは、同社パートナーの坂本大氏が務めた。
冒頭、坂本氏は現在の現在のAI活用を「初期の実験段階を越え、モデル学習を支えるインフラ構築の段階から、実際のビジネスや社会の中で大規模に運用され、測定可能な社会的・経済的インパクトを生み出す段階へ移行している局面」と位置づけた。
その言葉が示すように、このセッションで中心となったのは、AIそのものの性能競争ではなく、AIを企業や社会の中でどう実装し、成果につなげていくかという問いだった。
NVIDIAが示した「5層のケーキ」
ライト氏は、AIを支える構造を「5層のケーキ」に例えて説明した。土台にあるのは、データセンターを成り立たせる土地や電力、建屋といった物理インフラ。その上に、チップやコンピューティング基盤、AIの頭脳にあたるモデル、そして実際の業務やサービスで使われるアプリケーションが積み重なる。AIを支える技術や仕組みを階層的に捉える、いわゆる「AIスタック」の考え方だ。
この比喩が示すのは、AIの社会実装が半導体だけで完結するものではないという現実である。クラウド事業者やモデル開発企業、アプリケーション企業、スタートアップ、投資家などがそれぞれの層で連動して初めて、AIは産業の中で価値を生み出す。
「NVIDIAは、単なるチップセット企業ではありません。私たちはソリューション企業であり、AIインフラのパートナーです。文字通り、AWSをはじめとする世界中のAI企業と幅広く協働し、この領域全体を支えています」
AWSが重視する「AIエージェント」の層
ライト氏が示したAIスタックを、AWSのチュー氏は企業活用の視点から捉え直した。チュー氏が最上位に置くのは、AIエージェントの層だ。
「AIエージェントは、会社にとって最も重要な層です。デジタルワーカーとなって人間の従業員と並んで継続的に働き、企業のために価値を生み出していく存在です」
AWS(Amazon Web Services) アジア太平洋・日本・中国地域担当バイスプレジデント兼共同マネージングディレクター ロブ・チュー 氏
ただし、エージェントが増えれば増えるほど、それらをどう運用するかが課題になる。
「数体のエージェントであれば問題はありません。しかし、数百、数千、数万のエージェントを持つようになれば、それらを統括し、管理し、進化させるプラットフォームが必要になります」
チュー氏がもう一つ重視したのが、データとナレッジの層だ。AIエージェントが企業ごとに異なる価値を生み出せるかどうかは、自社が持つデータや知識をどれだけ活用できるかにかかっている。モデルの性能だけでは、企業の競争力は決まらない。
「データとナレッジは、会社の持つ秘伝のソースのようなものです」
価値はアプリケーションへ移る
AIスタックをめぐる議論に、ベンチャーキャピタルの視点から時間軸を与えたのがベナムー氏だ。同氏は、大きな技術革新はいくつかの波を経て社会に広がると説明した。
「第一の波は常にインフラです。第二の波は、その上で動くOSやソフトウェア、サービスプロバイダーです。そして第三の波がアプリケーションです」
この見立ては、AIの現在地を理解する上でも有効だ。GPUやクラウド、モデルの競争が注目されるが、最終的に企業や社会が受け取る価値は、業務や顧客接点に組み込まれるアプリケーションを通じて現れる。
「通常、第三の波で生まれる価値は、第一波や第二波で生まれるそれをはるかに上回ります。Netscapeがブラウザを登場させたことで、その数年後にAmazon、eBay、Netflix、Salesforceのような企業が生まれました。AIでも、アプリケーションの波が非常に大きな意味を持つはずです」
この発言を受け、チュー氏も価値の重心が上位レイヤーへ移っていくという見方を示した。AWSはインフラに巨額の投資を続ける一方で、企業が実際に価値を得る場所は、AIエージェントの大規模導入にあると見る。
そのために必要になるのが、前述のエージェントを管理するためのプラットフォームだ。
「人間の従業員のためにHR部門があるように、将来すべての企業は、AIエージェントを管理するためのHRシステムを持つことになります。それがAIエージェント・プラットフォームです」
日本にチャンスがある「フィジカルAI」
AIの価値がインフラからアプリケーションへ移るなかで、次に実装が進む領域も大きな論点となった。坂本氏は、フィジカルAIやヒューマノイドといった最新の注目分野について、何が実用段階にあるのかを問いかけた。
ライト氏は、特定の一分野に絞るのではなく、幅広い産業でAIによる変化が起きるとの見方を示した。ロボティクス、ヘルスケア、ライフサイエンス、フィンテック、核融合、量子など、さまざまな領域でAIが技術やデータの活用を加速させるという考えだ。
そのうえでチュー氏は、フィジカルAIにおける日本の可能性を、より具体的に語った。フィジカルAIとは、物理環境を認識し、判断し、現実世界に作用するAIシステムのことだ。
「日本は産業用ロボティクスを大規模に展開してきた国です。そこにAIを組み込めば、日本はフィジカルAIの分野で非常に強いポジションを築ける。高齢化や労働力不足という社会課題も、こうした技術への需要を後押ししています」
ベナムー氏も、フィジカルAI領域で、すでに有望なスタートアップが生まれていることを紹介した。同社は、AIでリサイクル対象物を識別し、ロボットを制御して分別する企業に投資している。こうした企業はすでに現実世界と接続し、成長していると同氏は語る。
AIは仕事を奪うのか
AIの社会実装が進めば、雇用への影響も避けて通れない。坂本氏は、AIの「暗い側面」にも話題を向けた。これに対しライト氏は、NVIDIAの社長兼CEOであるジェンスン・フアン氏がよく語る言葉を引きながら、AI時代の仕事の変化を説明した。
「ジェンスンはよくこう言います。AIがあなたの仕事を奪うのではない。AIを理解し、使いこなし、活用できる同僚が、あなたの仕事を奪う可能性が高いのだ、と」
ライト氏の発言は、人間の能力を拡張するツールとして、AIをどう活用するか問うものだ。それは、企業、創業者、投資家、従業員、すべてに関わる。
NVIDIA スタートアップ・エコシステム担当バイスプレジデント ハワード・ライト 氏
「AIを一部の企業や専門家だけのものとせず、創業者や投資家、従業員が使えるようにしていく必要があります。これは、これまでの技術革新とは異なる規模の変化です。電気の普及にも匹敵するような転換点であり、私たちがAIをどう使い、誰と活用していくのかは、世界中の経済に影響を及ぼすことになるでしょう」
日本はAIの「消費者」ではなく「創造者」になれる
坂本氏は、日本が再びガラパゴス化するリスクについても議題に挙げた。ライト氏とチュー氏はいずれも、日本はAI時代に独自の役割を果たせると見ている。
ライト氏は特に、日本の起業家精神と技術力を高く評価した。NVIDIAは、日本で400社以上のスタートアップと関わっている。
「日本の技術的専門性が拡大していることを実感しています。サイバーセキュリティ、ヘルスケア、ライフサイエンスなど、さまざまな分野で素晴らしい取り組みが進んでいます。私たちは、いま関わっているスタートアップの中から、ユニコーン、あるいは世界市場で大きな存在感を示す企業が生まれる可能性があると考えています」
さらにライト氏は、日本をAIの導入市場ではなく、AIを生み出す側として見ていると強調した。
「日本はAIの創造者として、AIの未来を形作る主要なプレイヤーになり得るでしょう」
チュー氏は、産業基盤と現場力を、日本の強みとして挙げた。製造業をはじめとする産業の厚み、運用能力、品質へのこだわりは、AIを現実の業務に落とし込む上で大きな武器になる。ただし、その強みが完璧主義に転じれば、スピードを失うリスクもある。
「日本には、現場で高い品質を維持しながら改善を重ねる文化があります。これは世界的にも非常にユニークです。ですが、完璧な状態を待つのではなく、早期に実装し、本番環境での経験から学ぶことも大切です」
ベナムー氏も、日本は過去のガラパゴス化から学び、世界と接続しながら独自の強みを発揮できると考える。
「日本には必要なカードがそろっています。ロボティクス、製造業、高齢者ケア、食品サービスなど、AIによって大きく変わる領域で、日本はリーダーになれる。そのタイミングは今です」
一方でチュー氏は、日本がグローバルなAI競争の中で孤立しないことの重要性を指摘した。
「ガラパゴス化は、オープン性の問題です。日本が目指すべきなのは、オープンなイノベーターになることです」
AIは技術論から経営論へ
セッションの最後、チュー氏は、AIの位置づけの変化を端的に語った。
「AIはもはや、単なる技術ではありません。企業の業務運営や価値創出のあり方そのものに関わるテーマです。インフラの構築から、実際の業務で成果を出す段階へと焦点は移り、その橋渡しをするのがAIエージェントです」
ライト氏は、AI実装を加速する鍵として「アクセス」を挙げた。
「開発者がコードやSDKに、スタートアップがVCに、企業がスタートアップにアクセスできる。こうした接点の広がりが、AIの社会実装と事業創出を前進させるのです」
AIは、もはや一部の研究者や技術企業だけのテーマではない。企業の業務、産業の現場、社会課題の解決にどう組み込むかが問われている。NVIDIAとAWSが示したのは、AIの次の競争軸が、モデルの性能のみならず、実装する力、運用する力、そして世界とつながる力へ移りつつあるということだ。

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