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「企業による社会の問題解決」はマーケティング的に正解である

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【前回】「「有望消費者としてLGBTを狙え!」は正しいのか?」はこちら

いろいろなスポーツで企業がスポンサーになっている。莫大な費用を払ってスポンサーになるのだから、相当のメリットが企業にはあるはずだが、さて、そのメリットは何だろうか?

ダイバーシティとマーケティング-LGBTの事例から理解する新しい企業戦略-
宣伝会議刊(2017年3月1日より全国書店・ネット書店にて発売)

多くの人は「企業イメージを上げるために決まっているじゃないか」と思ったことだろう。たしかにそれは正解なのだが、では、スポンサーになることと企業イメージとの間にはどのような関係があるのだろうか。実は、それが今日のテーマである。

人は接触を繰り返すと、相手に「良いイメージ」を自然と持つようになる、という有名な心理ルールがある。しかも同じ目標に向かう仲間意識を伴うとき、特に強まることが知られている。

スポーツは勝利へ向かい一丸となれるので、ファンとスポンサー企業との強い仲間意識を生みだす。だから、ファンのスポンサー企業に対するイメージを高めるための強力な企業ブランディング装置になるのだ。

たとえば、日本のプロ野球チームの大半は単独では赤字だが、親会社の施設利用率や商品購入率を調べると、一般人よりもファンの方が顕著に高い。そのため、企業グループ全体ではチームの赤字を補って余りある収益向上をもたらす。実際に私が電通にいた当時、この調査分析で二球団の身売り話を止めました(笑)。

そして当たり前だが、スポンサーになる価値はファンや関心者の数に比例する。だから企業は、大規模なスポーツイベントや人気チームのスポンサーになりたがる。その最たるものがオリンピックやW杯、というわけだ。

そして、同じ目標を共有するという意味では、社会問題も同じである。しかも、関心者の数ではスポーツを遥かに上回る。そりゃそうだ、私を含めて野球やサッカーに無関心な人も多かろうが、地球温暖化などの大きな社会問題に対して無関心でいられる現代人はほとんどいないのだから。

しかし、ここには大きな落とし穴もある。人は解決できない問題を無視したり、見て見ぬふりをしたりすることも心理ルールとして知られている。解決したいのに実現できない葛藤や不快感から逃げるためだ。

したがって、「解決の糸口がようやく見え始めた社会問題に対して企業が積極的に解決のための支援をするCSR活動」こそが、実は最強の企業ブランディング装置とも言えるのだ。つまり、CSRは単なる慈善事業では決してなく、優れたマーケティング施策であり、どの社会問題を支援するかの決定には解決可能性や関心規模、先取性などを勘案した戦略性が求められる。マーケティングとは顧客の課題解決、という言葉もあるが、顧客の関心のある社会問題解決への支援は、大きくとらえれば顧客の課題を解決しているとも言えるのだ。

さて昨今は、同性婚を認める国や公共団体が増えてきたり、同性愛カップルを夫婦と同じように扱う各種保険が次々と発売されたり、トランスジェンダーが心の性に従って公共トイレを使用できるように配慮され始めたりなど、この種の事例は枚挙にいとまがない。

性的マイノリティの人権問題は、確実に改善される方向にあると考えて間違いあるまい。そしてこの分野では総じて後進国だった日本においても、キャッチアップが確実に進んでいる。性的マイノリティにかかわる社会問題は、今まさにその解決糸口が見えてきた段階だと言えよう。

そして、同期するようにLGBTを含む性的マイノリティを支援する企業も最近増えているが、それを単なる善意の発露と捉えるだけでは本質は見えてこない。前記のように解決可能性・関心規模・先取性などの好条件が揃ったCSR活動として、企業ブランディングへの有用性を高く評価しているからだと思われる。電通、博報堂が性的マイノリティ調査・研究に力を入れ始めているのも、この企業側の判断と軌を一にしてのことであろう。

企業が儲けるために社会的弱者を利用している、と揶揄する声もあるだろう。前回コラムでは、性的マイノリティは決して特殊な消費者でなく、有望消費ターゲットとして彼ら・彼女らに焦点を当てるマーケティングは不毛であり、むしろ「食いものにされそう」と当事者やその関係者に嫌われるリスクすらあることを指摘した。

書籍『ダイバーシティとマーケティング』にも書いたが、性的マイノリティを消費ターゲットと捉えるのではなく、企業ブランディングとして、彼ら・彼女らを取り巻く大きな社会運動の中に飛び込んでいくことこそが、マーケティング的な正解なのである。

このような社会運動論的なマーケティングは、企業が日常的に行っているマーケティング活動とは考え方もやり方も大きく異なっているため、その注意点や具体的な事例はぜひ本を読んで学んでほしい。企業が社会問題の解決に取り組むと、企業も社会も当事者も喜ぶ、win-win-winな関係が築ける可能性がある時代なのだ。

yotsumoto

四元正弘(よつもと・まさひろ)
四元マーケティングデザイン研究室代表 元・電通総研・研究主席

1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリーでワイン・プラント設計に従事したのちに、87年に電通総研に転籍。のちに電通に転籍。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に電通を退職し独立、現在は四元マーケティングデザイン研究室代表を務め、21あおもり産業総合支援センターコーディネーターも兼職する。

 

ダイバーシティとマーケティング-LGBTの事例から理解する新しい企業戦略-
宣伝会議刊(2017年3月1日より全国書店・ネット書店にて発売)

本書は、LGBTの当事者や企業戦略担当など、ダイバーシティの現場にいる人への取材を通して、「イノベーションにつながるダイバーシティ戦略」や「性的マイノリティの視点」を取り込むことで生まれる新しい企業戦略、マーケティングについてまとめた書籍です。ダイバーシティ経営の実践こそが、企業価値を向上させる本当のマーケティングになっていく時代の1冊です。

【目次】
はじめに ドラッカーで考えるマーケティングの基本と本質
第1章 ダイバーシティとはなにか
第2章 性的マイノリティ差別の背景と転換点
第3章 市民・政治の両面で進む性的マイノリティ支援の動き
第4章 LGBTマーケティング1 ~LGBT当人を顧客に想定するケース
第5章 LGBTマーケティング2 ~LGBTを社会運動のテーマとするケース
第6章 性的マイノリティとイノベーション経営
第7章 当事者から見たダイバーシティ・マーケティング参入の注意点
第8章 LGBT視点のマーケティング事例
第9章 改めて考える「ダイバーシティに企業やビジネスはどう向き合うか?」