広報は組織風土を変えられる? 商船三井CCOが明かす、カルチャー変革の設計図

組織風土の変革を目指すグローバル総合海運企業の商船三井は、長年の縦割り構造やエンゲージメント向上を巡る課題に直面し、「広報は変革の大きな推進力となるが、単独では果実は取れない」との結論に至った。CCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)の園田早苗氏は、インターナルコミュニケーションをブランディング戦略の一環として再定義した。
 
10月28日に開かれたヤプリ主催の「インターナルコミュニケーション・デイ 2025 Autumn」に園田氏が登壇し、全社協働によるカルチャー変革の取り組みを紹介した。

親密すぎる組織風土がもつ意外なデメリットとは

創業140年以上の歴史を持つ商船三井は事業規模の拡大といううねりの中で、悩ましい課題に直面していた。

単体従業員数は約1300人。長年、少数精鋭で採用してきた。従業員同士の親密な関係性が築かれ、互いを信頼し、尊重するからこそ海運というインフラを担う責任感をもって仕事を全うする風土があった。しかしそのことが時に事業間の連携を阻む見えない壁となっていたのだ。

商船三井 執行役員チーフ・コミュニケーション・オフィサー 園田早苗 氏

商船三井 執行役員チーフ・コミュニケーション・オフィサー 園田早苗 氏

そんな中、同社は2035年を見据えた新グループ経営計画「BLUE ACTION 2035」を始動。社会インフラ企業への変革を掲げ、事業間シナジーの発揮を重要なテーマに据えた。M&Aやグローバル化で新たな仲間が増え、旧来の文化が通用しなくなった今、組織風土そのものを変革する必要に迫られていたのである。これは、成長と変化の過程で多くの企業が直面するジレンマそのものだった。

全社の取り組みに広報が常に絡む体制づくり

事業間の連携を阻むほどの親密さ、そしてM&Aやグローバル化による組織の多様化──。この課題に対し、園田氏は「広報の力だけで組織のカルチャーは変えられるのか?」と問いかけ、その答えは「半分Yesで、半分No」だと述べた。

広報は組織変革の推進役になり得るが、成果を出すには会社全体の取り組みと連携し、戦略的に動くことが重要になる。その土台にあるのが、社内広報をインターナル・ブランディングの一部と捉える視点だ。インターナルコミュニケーションを情報を伝えるだけでなく、従業員を会社のファンにするための活動として位置づけている。

目指すゴールは、従業員が会社の方向性を理解し、自ら考えて動ける組織になることだ。その指標としてエンゲージメントを重視する。同時に、新しい人事制度やオフィス環境も、会社から従業員へのメッセージになる。広報は、そこに込められた思いを納得できる言葉や体験に翻訳し、会社と従業員をつなぐ役割を担うのである。

感情・思考・接続の3ステップのアプローチ

具体的にどのような手順で組織変革に挑んだのか。園田氏が語ったアプローチは、感情・思考・接続という3つのステップで構成されていた。

まずは理屈で説得するのではなく、感情を動かすこと。「BtoC企業と異なり、BtoB企業では個人顧客との接点が少なく、それぞれの事業で顧客も異なり、『お客様のために』という言葉だけでは響きにくい。言葉だけでは腹落ちしない従業員気質がある」と園田氏は分析する。

そこで仕掛けたのは、「うちの会社って、いいじゃん」と直感的に思わせる体験の創出だ。その象徴が、社外向けブランディング「BLUE ACTION MOL」である。洗練されたキービジュアルは、ブーメランのように社内に還流し、従業員や家族から“かっこいいね”という声が自然と上がった。さらにメディア露出を強化し、第三者からどう見られているかを従業員が目にする機会を増やす。これにより、社会から注目されているという誇りを育んでいった。理念の言語化の前に、従業員のポジティブな感情の土壌を耕す。これが変革への第一歩だった。

ポジティブな感情が芽生えたところで、次はそれを“自分ごと”として考える機会を提供する。創業140周年を機に、従業員参加型のワークショップ「CHARTS Talk」を開催。「MOL(商船三井)らしさって何だろう?」というテーマで対話を重ね、従業員が自らの言葉で会社のアイデンティティを紡ぐ体験を促した。この活動は過去・現在・未来という時間軸をテーマに継続実施され、会社のDNAを語り継ぐ場となっている。

同時に社内報の特別号では、会社の歴史から8つのストーリーをピックアップ。会社の行動規範が、過去のどんな決断の中に現れていたかを紹介した。ストーリーは理屈を超えて心に届き、特に海外従業員にも分かりやすく伝えられるという点で効果を発揮した。理念を一方的に与えるのではなく、対話を行い、ストーリーを通じて感じられる。このプロセスがカルチャーの変革を後押しした。

感情が動き、思考が深まったところで、最後はそれらを組織全体でつなげる仕組みづくりだ。ここで発見だったのは、LinkedInなどの社外向けSNSが、社内コミュニケーションにも有効だったこと。船上で働く船員たちにとっても、SNSは会社の今を知る貴重な窓口となっている。

またこれまで紙ファーストであった社内報を、Webファーストへ転換することにも力を入れている。全社に同じ情報を薄く広く届けるのではなく、国や部門といった小さなコミュニティごとに、深く刺さる情報を発信できるプラットフォームを目指している。広報は全体の場を管理しつつ、各コミュニティの自律的な発信を促す。この新しい形こそが、多様化する組織をつなぐ鍵となるのだ。

意識すべき「変わらないもの」と「変えるもの」

商船三井の挑戦は、組織風土という掴みどころのないテーマに対し、広報がいかに重要な役割を担うかを示している。園田氏の講演は、広報担当者が意識すべき「変わらないもの」と、時代に合わせて「変えるべきもの」を明確に教えてくれた。

商船三井 執行役員チーフ・コミュニケーション・オフィサー 園田早苗 氏

変わらないものは、広報が組織変革の推進力であるという本質だ。そして、インターナルコミュニケーションの目的が、仲間のエンゲージメント向上にあるという事実。これらは時代が変わっても揺らぐことはない。

一方で、大胆に変えるべきものは3つある。1つ目は、アウターとインナーの垣根だ。デジタル時代、社外への発信は瞬時に従業員に届く。「必要以上に区別する必要はない」と園田氏は言う。両者を一体で設計することで、相乗効果が生まれるのだ。

2つ目は、社内報への過信を捨てること。載せたから伝わる時代は終わった。SNSやメディア露出など、あらゆるツールを総動員し、同じメッセージを発信し続ける粘り強さが求められる。

3つ目は、ツールの影響力への意識だ。肖像写真でネクタイ着用を必須としないことや社内言語を和英併用を徹底するといった変化が、意図せずとも組織の空気を変えていく。広報はその力を敏感に察知し、戦略に活かすべきなのである。

自社の活動は、アウターとインナーで分断されていないか。従業員を“当事者”として巻き込めているか。園田氏の講演は、広報担当者が自らの役割を再定義し、変革を起こすための勇気と道筋を与えてくれるものだった。

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