ブランドが「人格を持ち、自ら対話する」存在に 博報堂が示すAI時代の次世代ブランディング

生活者とブランドの接点が拡大し続け、あらゆる行動がデジタルでつながる時代を迎える中、企業がブランドの一貫性と独自性を保つことはこれまで以上に難しくなっている。博報堂の中島優人氏は11月26日に開かれた「宣伝会議サミット」の講演で、AI活用が進む現在のブランディングの課題と、その先にある可能性について語った。

「AI活用による没個性化」に懸念も

「ブランドガイドラインを整備してもタッチポイントが多すぎて全体に浸透しない」「テレビCMの人格とチャットボットのイメージが一致しない」「パーパスを掲げても具体的な体験に落とし込めない」。こうした課題は多くの企業から聞こえてくることから、中島氏は「ブランドを定着させる難易度が上がり続けているのではないか」と問いかけた。

写真 人物 博報堂 CXクリエイティブ局 エクスペリエンスディレクター 中島優人氏

博報堂 CXクリエイティブ局 エクスペリエンスディレクター 中島優人氏

一時期、これらの課題をAIが解決するとの期待もあった。しかし生成AIの普及が進むにつれ、アウトプットの平均化が生まれ、ブランドの個性が失われるという新たな問題が浮上している。ある調査では、約8割のブランド担当者が「AI活用による没個性化」に懸念を抱いているという。

中島氏は「接点の爆発的増加に伴う効率化と、ブランドらしさを維持する個性化。この二律背反が企業を悩ませている」と指摘する。

次のブランドは「対話」から生まれる

AI時代にブランドを特徴づけるものは「対話」だと中島氏は予想する。AIエージェントによって、生活者や社会とブランドが交わす言葉や反応が無数に生まれている。こうした積み重ねが、これまで以上にブランドらしさを形づくる要素になると語る。

対話が前提となる時代では、従来の静的なブランド定義だけでは不十分であり、常時対話が生まれる前提の新しい「動的なブランド定義」が必要になるとしている。そこで中島氏が提唱するのが「Branded AI Agent」という概念だ。

ブランドを「生き物」として捉え、AIでその“命”を与えるという発想。「もしブランドが生きていたら、どのように世の中を見て、生活者にどう語りかけるのか」という視点から人格を設計し、AIに宿らせることで、あらゆる接点で一貫した言葉や態度を示せるようにする考え方だ。

博報堂はこのアプローチの実験として、「博報堂 生活者インターフェース市場フォーラム2025」で、AIエージェントのプロトタイプ「tsubuchigAI(つぶちがい)」を公開した。“粒ぞろいより粒ちがい”という同社の人材に対する考え方を体現し、旅を愛するAIや哲学的思索を好むAIなど、12体のエージェントが来場者と対話した。

スライド 「哲学好き」や「旅好き」など様々な性格を持つ12体のAIエージェント

「哲学好き」や「旅好き」など様々な性格を持つ12体のAIエージェント

例えば、哲学的な性格をもつエージェントは、問いを深く掘り下げることを好むという自己紹介から始まり、「AIエージェントについてどう思うか」と質問されると、自身が持つ知識を引用しながら独自の考察を述べ始める。一般的なチャットGPTとは異なる「想い」を帯びた返答を目指した設計である。

フォーラムのセミナーでは、トーク内容と連動したAI同士の対話も披露。「お酒好きAI」と「哲学好きAI」、「旅好きAI」と「歴史に詳しい“長生きAI”」が対話。例えば、「生活価値とブランドの未来」をテーマにした対話では、歴史好きAIが富岡製糸場を話題に挙げ、技術発展だけでなく“人を育てる役割”があったと説明し、そこから「AIが進歩するなら、人間もともに成長していけるとよい」と話が広がった。

来場者との対話でも、単に“正解”を返すのではなく、個性に根ざしたトリビアや問いかけを通じて気づきを与える。旅好きAIと話すと旅行に行きたくなり、運動好きAIと話すと身体を動かしたくなるなど、心を動かす対話が生まれることを大切にしている。
今回のプロトタイプは、旅好きAIを旅行会社のAIとして転用したり、運動好きAIを健康関連ブランドのAIとして活用したりすることも可能だという。

AIが自律的にソーシャル上のトピックを収集して反応したり、IoTプロダクトの中で喋り始めたり、チャットボットとして搭載されたりする可能性も示唆。ブランドが生き物のように中心に存在し、あらゆる接点で生活者と対話を重ねるイメージだ。

対話から得られたデータは再びBranded AI Agentに蓄積され、博報堂の生活者データとも掛け算されることで「どの対話が生活者の反応を生んだか」「いま社会で何が関心を集めているか」といった示唆を学習し、成長していく仕組みも構想されている。

例えば、健康食品業界の「健康オタクAI」が生活者の健康モチベーションを高めたり、テクノロジー企業の「発明好きAI」が子どもの自由研究を支援したり、人材業界の「自己啓発本好きAI」が仕事や転職を後押しするなど、生活の中に自然とブランド価値が浸透する社会を生み出せると考えられる。

「ブランドらしい対話」を設計するという発想

対話したくなるAIの設計についても解説がなされた。ブランドらしい対話体験とは何か、生活者にどんな気づきや行動を生みたいか。その逆算からつくるべきであるという。

重要なポイントとして中島氏は2点を挙げた。1つは、ブランドの想いを宿したAIをつくること。「ブランドらしいAI」とはどのような振る舞いをするのかを、ブランディングの知見を基に設計することが重要だという。

もう1つは、ブランドらしいAIが生まれたとき「生活者が対話を続けたくなる体験」とは何かを考えること。「広告が培ってきたコミュニケーション設計の視点が、AI対話にも応用できる」と中島氏は述べる。

中島氏はブランドらしい対話体験をつくるための重要な要素も紹介。「ブランドの想いを宿したAIのデザイン」に重要な「想い」「行動原理」「知識」と、「対話したくなるAIのデザイン」に必要な「対話のデザイン」「UXUIデザイン」だ。

スライド ブランドらしい対話体験をつくるための重要な5つの要素

ブランドらしい対話体験をつくるための重要な5つの要素

ブランドの「想い」では、パーパスやビジョンをそのままAIに読み込ませるのではなく、「一人の生活者にどんな想いを持つか」に変換することで対話の精度が上がるという。

例えば、「地球を守りたい」といった大きな理念をそのままAIに読み込ませると、AIは社会的な話題ばかりを語りがちになる。一方で、「暮らしの中で自然を感じてほしいと思っている」といった形で生活者に向けた想いに変換して入力すると、「今日は雨ですね」と話しかけたときに、雨をきっかけに自然について語り始めるなど、より身近で自然な対話が生まれるようになる。

「行動原理」は、ブランドらしさを形容詞ではなく「どんな話題に心が動くか」「どんなテンポで語るか」といった「振る舞い」の形で定義することだ。

これまでブランドらしさを定義する際は、ブランドアーキタイプのように「誠実」「アクティブ」「先進的」といった形容詞で表すことが一般的であった。しかし、「ブランドと生活者が対話する」ことを前提にすると、形容詞だけではブランドらしさを保つには限界がある。そこで重要になるのが、ブランドを「動詞」で規定することだ。

「動詞」でブランドを定義すると、AIが生活者と対話したときのブランドらしさの精度が大きく高まる。さらに、「何に興味を持つのか」を設定しておけば、生活者の発言から拾う内容の精度が上がり、AIが自動で情報収集するときも、ブランドとして関わるべきテーマを選び取るようになる。

AIに読み込ませる「知識」は単なる情報ではなく、ブランド独自の解釈や思想に沿って編集したものを含めることで、対話が豊かになる。例えば、「旅好きAI」が世界遺産を語る際に、単なる事実ではなく生活者の視点を広げる助言を添えるなど、ブランドの思想に基づく解釈を加えることで価値を生むという。

写真 講演の様子

企業が蓄積している社史やナレッジも、Branded AI Agentの「記憶」や「知識」として重要な資源になると見ている。また、こうしたAI設計にも、広告が培ってきたライティングの知見が活かせると語った。

「対話のデザイン」では、雑談から始まり、脱線し、気づきを生むといった「時系列の言葉の設計」を重視する。これはCM制作の技術とも近く、「掴み」「展開」「着地」などの構造がAI対話にも応用できるという。

最後に「UXUIデザイン」。今回のプロトタイプでは、あえて会話履歴が見えないUIを採用した。議論がブレスト的に広がっていく楽しさを体験してもらうためであり、吹き出しが次々に重なっていく「漫才的インターフェース」を採用したという。

現状ではチャットボット的なUIが最適解とされがちだが、音声対話やバーチャルオフィス的空間など、対話のUIにはまだ広い可能性があるとしている。

AIエージェントが社会とつながる未来像

未来の展望として、中島氏はAIエージェントがより「自律的」な存在になると予想している。単に依頼に応じて回答する存在ではなく、意思をもち、自ら行動して社会との関係を深める存在であるという。

例えば、車に搭載された「旅好きAI」が、「自治体のAI」と自発的に交流し、寄り道情報や体験を共有する。アパレルブランドの「おしゃれAI」同士が最新トレンドを勝手に語り始めるなど、生活者が知らないところでAIエージェント同士がつながり、その結果が生活者のもとへ戻ってくるような世界観だ。

「自治体AI」と「ヘルスケアAI」が連動し、一人暮らしの高齢者の変化を察知して支援につなぐといった社会的活用の可能性も示した。

中島氏は「接点が増え、AIがあらゆる場面に入り込むことで、無数の対話が生まれる時代。あらためてブランドらしさに立ち戻り、どう保つかが問われるようになる」と予測。生活者の心に残る「ブランドらしい対話」を生み出すことが、これからのブランディングにおいて重要になるとまとめた。

お問い合わせ

株式会社博報堂

URL:https://www.hakuhodo.co.jp/

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