東京コピーライターズクラブ(TCC)が主催する、コピーの最高峰を選ぶ広告賞「TCC賞」。その入賞作品と優秀作品を収録したのが『コピー年鑑』です。1963年に創刊され、すでに60冊以上刊行されています。今年1月には『コピー年鑑2025』が発売となりました。
広告クリエイターを目指す人や駆け出しのコピーライターにとっては、コピー年鑑は憧れの存在であり、教材であり、自らを奮い立たせてくれる存在でもあります。TCC会員の皆さんは、コピー年鑑とどう向き合ってきたのか。どう活用しているのか。今回は、2023年度のTCC最高新人賞を受賞した波間知良子さんです。
コピー年鑑がこわい。あまり近づかないようにしている。会社のデスクに1冊置いてあるが、なるべく目を合わせない。どうしても中を見る必要が生じた時は、できるだけ狙いを定めてサッと開き、サッと閉じる。無意識にそんな行動をしつつ、その意味には気づかないようにしてきたのだが、今回の依頼をいただいてついに言語化することとなった。私は、コピー年鑑が、こわい!ということで、具体的に何がこわいのか考えてみた。
① 自分の才能や実力と向き合うのがこわい。自分よりすごい人がたくさんいる現実、あまり見ないほうが良くないですか。他人の大活躍、なるべく見たくなくないですか。加えてここ最近は自分より若くてすごい人がどんどん増えていって…わ〜!向き合いたくないよ〜!「私は私」「人と比べない」、そんなコピーを書いたことがある気がする。その通りだと思う。比べたくないから、逃げたい。
➁ 影響されるのがこわい。年鑑に並んでいるのは、私には到底思いつかなそうな、しかもある意味「お墨付き」の企画やコピーたちだ。絶対に自分を見失う自信がある。何がいいのかわからなくなり、考えることが全部つまらなく思えてきて、向いていないことをして迷走し、意気揚々と誰かの何かみたいなもの(劣化ver.)をつくるだろうし、こわい。
➂ 自分が今やっていることとの落差がこわい。年鑑にあるかっこいいコピーと、今まさに目の前にある地味な(すみません)仕事が、あまりにかけ離れている気がして落ち込む。私だってこんな仕事やあんな仕事がじゃんじゃん来たらすごいコピー書けるわ(大間違い)。でもキラキラした仕事ばかりじゃないのはきっとみんな同じはず。ですよね。そうでもないんでしょうか。どうなんだろう。こわい。
➃ 物理的にこわい。でかくて重くてなんかこわい。
以上、概ね私の自意識の問題である。恐怖症が一人歩きして被害妄想の域に達しており、もはや誹謗中傷かもしれない。宣伝会議や編集委員の方々には大変申し訳ない気持ちになっているが、すこやかな年鑑との付き合い方はきっと他の人が書いていることだろうし、こんなコピーライターもいるのだということで、というか結構いるんじゃないかとも思っている。
いつかコピー年鑑恐怖症を克服できるだろうか。でも私にとって、コピー年鑑が全然こわくなくなった時は、もうそれ以上いいコピーが書けなくなる時、という気もする。それはもっとずっと、かなりこわい。だからやっぱりこの先も、でかくて重くてこわいコピー年鑑でありつづけてほしいし、私もなるべく目を合わせないようにして、掲載された際はちゃっかりよろこびつつ、逃げ回っていきたいと思います(すみません!)。
