デザインスキルだけでなく、事業貢献の視点を持とう
Q: 事業会社のクリエイティブ職をめぐる転職市場の現状はいかがでしょうか。
インハウス化の流れで求人は増加していますが、求められる要件も高度化しています。単純にデザイナーを採用するのではなく、ブランド理解力やスピード感、そして何より「事業貢献」への意識を持った人材を企業は求めています。
Q: 事業会社のクリエイティブ職への転職で、注意すべき点を教えてください。
「デザインスキルさえあれば転職できる」と思われがちですが、それは正しくありません。確かに制作スキルは基本要件ですが、事業会社では「ブランディングやマーケティングの手段としてのクリエイティブ」を求められます。
広告会社や制作会社での受託経験がある方ほど、この点で苦戦される傾向があります。受託側では「クライアントの要望に応じて質の高いクリエイティブを納品する」ことが主な役割でしたが、事業会社では「自社の事業成長にどう貢献するか」という視点が不可欠になります。
面接ではコミュニケーション能力もポイントに
Q: 企業に求められるスキルと実際の応募者のスキルにはどのようなギャップがありますか。
受託制作とインハウスでは、デザイナーに求められるスキルに大きく分けて5つの違いがあります。
1つ目は「成果への責任感」です。面接では「なぜそのようなデザインにしたのか」「そのクリエイティブによって得られた成果はどんなものだったのか」を定量的に聞かれることが多く、デザインのクオリティだけでは評価されません。「指示を受けてつくった」ではなく、企画段階から制作に落とし込んできた経験が重視されます。
2つ目は「ディレクション経験」です。デザインを完全に内製している企業は少なく、外部の協力会社へのディレクション業務も担当することが一般的です。
3つ目は「トーンアンドマナーの親和性」。ポートフォリオのデザインが自社商材と親和性があるかは重要な判断基準になります。
4つ目は「事業理解」です。事業内容、ビジネスモデル、業界での立ち位置、ケイパビリティと、クリエイターの役割や募集背景を理解しているかが問われます。
5つ目は「幅広いアウトプットへの対応力」です。パンフレット、リーフレット、POP、ポスター、カタログ、パッケージ、Webサイト、LP、バナーなど、幅広い制作の経験があるか、もしくは抵抗がないかも重要です。
Q: 面接で特に重視される点は何でしょうか。
デザインスキルに加えて、事業会社の仕事に適性があるか、という基準があります。
例えば、インハウスの仕事ではマーケティング、商品開発、経営企画、広報など、複数部署との連携が必要になるため、コミュニケーション能力や調整力が評価されます。
そのため、他部署や外部との連携経験を話せるとプラスの評価になります。フォトグラファーやライターなど、他の職種の方とどのように協力してきたか。また、制作チームの体制(社内外の人数、職種、役割分担、業務フロー)や、そのなかでの自身の役割を構造的に話せると、「チームで課題を解決する」という意識を示すことができます。
「納品して終わり」ではなく、数字を意識できるか
Q: 企業側はどのような視点で候補者を見ているのでしょうか。
「納品して終わり」ではなく、売上数字・事業成長にコミットできるかを最重視しています。また、ABテストを回し続けられるか、数値を見て改善を繰り返すことに苦手意識がないかも重要な判断基準です。
効果測定や改善は、Web広告だけではなく、グラフィック広告やパッケージなど、あらゆる制作物に求められます。事業会社のデザイナーは、マーケターとともに、「なぜこのクリエイティブでこの成果が出たのか」「次のシーズンでは、ターゲット、訴求、表現の中身をどう変えるべきか」を分析し、中長期的な視点でPDCAサイクルを回し続けています。こうした改善意欲と実行力が、事業貢献へのコミットメントとして重視されます。
Q: 転職に成功する人の共通点を教えてください。
2つの特徴があります。
1つ目は「クリエイティブを手段として捉え、その先の認知や売上拡大を見据えたアウトプットができる」こと。作品としてではなく、ビジネスツールとしてクリエイティブを位置づけられる人です。
2つ目は「職人気質ではなく、偏らずに色々な業務に取り組める」こと。手を動かしてデザインする業務だけでなく、企画や分析、ディレクションなど多様な業務に柔軟に対応できる人が評価されます。
Q: 逆に、よくあるNGパターンは何でしょうか。
3つのパターンがあります。
まず「クリエイティブを通して達成した成果を具体的に伝えられない」ケースです。数値やデータで成果を語れないと、事業貢献への意識が低いと判断されてしまいます。
次に「クリエイティブを『手段』ではなく、『作品』としてとらえている」ケースです。ポートフォリオもビジュアルのみで、案件の概要や工夫したポイント、制作期間など補足情報がないと、ビジネス視点が不足していると見なされます。
最後に「事業理解が浅い、興味を感じない」ケースです。転職先企業の事業に対する理解や関心の低さは、面接で伝わりやすいポイントです。
ただ、「数値やデータで成果を語る」ことが難しいと感じる方もいると思います。定量的な成果を知る機会がない企業もあります。その場合は、定性的な情報で「目的」「ターゲット」「効果」の3つを意識したトークをしましょう。
●目的:クリエイティブを手段として捉える視点、事業課題への理解
「この案件は、新製品の認知拡大が目的でした。そのため、既存顧客ではなく、新しいターゲット層に響くよう、トーンを従来の落ち着いたものから、より活発な印象に変更することを提案しました。」
●ターゲット:ユーザー(顧客)視点、戦略性
「ターゲット層が普段利用するSNSのトレンドを分析し、目を惹くための工夫として、手書き風の要素を取り入れました。」
●効果:成果へのコミットメント、結果を振り返り改善に活かす姿勢
「納品後、クライアントから『店頭でのターゲット層の購買が増えた』というフィードバックをいただきました。」
上記は一例ですが、重要なのは課題解決のための制作のプロセスを明確に伝えることです。
企画段階から一気通貫で関わるキャリアへ
Q: この領域でよく聞くキャリア相談と、それを実現するルートを教えてください。
最も多いのは広告会社、制作会社のデザイナー、アートディレクターとして受託側の経験を積んだ後のステップアップ相談です。「受託側だと『納品して終わり』になってしまう。中長期で自社商材のグロースに関わりたい」「給与や働き方を改善したい、ライフプランを考えて腰を据えて働きたい」といった声をよく聞きます。
また、先ほどお話ししたような、企画段階から携わる経験が不足している場合は、まずはそれができる会社を目指すのもよくあるステップです。中小~中堅規模の広告会社や直取引の制作会社、またプランニングを強みとしている制作会社などを選ぶと良いでしょう。
事業会社から事業会社への転職パターンもあります。「自身の興味のある商材のグロースに関わりたい」「作業的な業務が多く、もっとコンセプト企画からデザインに落とし込み、その後の効果検証まで一気通貫で関わりたい」という相談です。
Q: 年収アップの実現可能性はいかがでしょうか。
広告会社、制作会社から事業会社への転職の場合、インハウス側の業務は未経験のため、初年度の提示年収はキープもしくは下がることが多いです。ただし、入社後にデザイナー→アートディレクター→クリエイティブディレクターなど、ディレクションや戦略設計業務、マネジメント業務に役割を広げていくことで、着実に年収を上げていく方もいらっしゃいます。
事業会社から事業会社に転職する場合は、同業種であればスキル・経験を活かしやすく、「即戦力」として評価されるため、初年度の提示年収は上げやすいと思います。
Q: 「大きい仕事がしたい」という希望はかなえられますか。
予算や影響力が大きい仕事を手掛けたいのであれば、テレビCMをはじめとしたマス広告を出稿している大手企業を目指すのが王道です。ただし、大きい組織の大きい案件だと、クリエイティブチームの人数も多く、大手の広告会社が案件をリードすることもあり、自身が関われる範囲や裁量が意外と小さいというギャップもありえます。
案件自体の規模感ではなく、自身の裁量の大きさや影響力の大きさを重視し、勢いと伸びしろがあるスタートアップ系の企業を目指される方もいます。
Q: 働き方の改善はかないますか。
一般的には事業会社よりも広告業界の企業の方が忙しいことが多いため、広告会社・制作会社から事業会社への転職の場合は、残業時間が少なくなるケースが多いです。
ただし一概には言えず、事業会社の場合でも、他部署との社内調整や外部業者とのやりとり、ディレクションなど、手を動かすクリエイティブ業務以外も増えることによって、忙しくなるケースもあるので注意が必要です。
多くの求人票には月の平均残業時間のほか、リモートやフレックスが活用できるかなどの記載があるため、要確認です。加えて、制度の利用には各社独自のルールがある場合もあるので、面接フェーズでよりリアルな働き方を聞き、すり合わせておくことも重要です。
Q:未経験からの挑戦は可能ですか。
未経験からチャレンジする場合は、まずポートフォリオが必須のため、作品を蓄積することから始める必要があります。デザインスクールや独学でスキルを身につけ、実際の制作物を蓄積していくことが第一歩になります。
経験をもとに強みを見直し、転職を実現
Q: 具体的な転職成功事例を教えてください。
20代後半の方の事例をご紹介します。
Before:デザイン会社でグラフィック・Web双方のデザインを経験。その後、デジタルマーケティングの会社で、LP・バナーデザインを担当。
After:エステサロンを運営する事業会社のクリエイティブ職に転職。
Q: 転職活動のポイントを教えてください。
転職活動期間は約2カ月(面談~内定承諾まで)でした。当初は、書類選考通過に苦戦されていましたが詳しくお伺いすると、実は下記のような経験があり、書類を更新しました。また、面接では、経験をもとにアピールポイントを整理しました。
●経験していたこと
・ポスターやカタログ、パッケージ、Webサイト、SNS投稿用画像など、幅広い領域のデザイン
・クライアントと直取引のため、課題のヒアリングからコンセプト企画・提案といった上流工程から、制作・ディレクションまで一貫して担当
・1年目から裁量の大きい環境
・LPやバナーデザインに付随したライティング
・デジタルマーケティングの基礎知識
●面接の場でアピールしたこと
・手を動かすデザイン業務だけでなく、コンセプト企画や提案も経験してきたこと
・クライアントの目的を意識したデザインを行ってきたこと
・直近はマーケティング会社でWeb広告の制作をしており、「効く広告」を意識した制作経験もあること
経験をもとにした強みを見直したことで、内定を獲得されました。また、過去の制作物のトーンアンドマナーが美容やエステという商材との親和性があったことも評価されました。
Q: 意思決定のポイントは何だったのでしょうか。
企業やブランドの成長に貢献したいという思いが強まったことが大きな要因でした。「つくる」だけでなく、ブランディングやマーケティング視点での「目的」も含めて、上流からクリエイターとして関われる部分が意思決定のポイントでした。
職人気質よりも広い視野を持つ人が向いている
Q: 最後に、この領域に挑戦すべき人の特徴を教えてください。
自社商材のグロースにクリエイターとして中長期で携わりたい人、クリエイティブを手段として捉え、ブランディングやマーケティングに活用していきたい人に向いています。一方で、手を動かしていきたい職人気質な方や、飽き性な方はギャップを感じるかもしれません。
Q: 転職を検討している方へのメッセージをお願いします。
本質的にやりたいこと向いていることや、自分のスキルや経験がどこで役に立つのかは、意外と自分ではわからないものです。一人で悩まず、壁打ち相手としてキャリアアドバイザーを頼ってみるのも一つの方法です。
先ほど転職成功事例としてお話しした方は、実は当初「自分のデジタルマーケティングの経験は薄いし、選考でアピールするほどのものではない」という考えでした。しかし実際は、「高いデザインスキル×デジタルマーケティングの基礎知識」というかけ合わせは、事業会社で強く求められるスキルです。このような採用企業の視点でのアドバイスも可能ですので、お気軽にご相談ください。
まとめ
事業会社のクリエイティブ職は、デザインの力を使って商材やビジネスを成長させる役割が求められます。その分、やりがいも大きくキャリアの幅も広がります。ぜひ挑戦していただきたい領域です。



