新しい技術が生まれるたびに、広告やメディアの表現も進化してきた。ラジオの普及が音声広告を生み、スマートフォンの浸透がショート動画広告を当たり前にしたように、未来にもこれまで想像できなかった新しいコミュニケーションの形が登場するかもしれない。もし、情報の届け方そのものが大きく変わったら、そこで求められる仕事とはどのようなものだろうか。第5話では、新しい広告表現の可能性と、それを企画する仕事の未来を描く。
新しい技術の普及や人々のライフスタイルの変化によって、CMにも新しい形が生まれ得ます。古くは、ラジオの普及で音声広告が生まれたり。近年では、ショート動画に親しむ人の増加で縦型の短尺動画広告がメジャーになったり。
未来においても、新しい形のCMがきっと誕生するはずです。
VRの普及が進めば、その世界の中で立体映像という形でCMが流れるようになるかもしれません。たとえば、VRの街を散策していたらCMの時間になって、周りの地面から竹がたくさん生えてくる。それは京都への観光を促すCMで、風にそよぐ葉っぱの音が聞こえるなか、着物姿の人たちが楽しげに通り過ぎていく──。
あるいは、未来ではミクロの世界がもっと身近になる可能性もあります。もし、ナノマシンの視点に乗り移り、特定の人の血管の中を散策できるようになったとしたら。血管内には超小型ビジョンが設置され、原子や分子を動かしてつくられたミクロスケールのCMが流れるようになるかもしれません。人気スポットはダイナミックに脈打つ心臓で、渋谷のスクランブル交差点さながらの広告の一等地になったりも。
はたまた、地球温暖化が進んだ未来。人々が日中の猛暑を避けて昼夜逆転の生活を送るようになり、夜の暗闇を安全に歩くために暗視ゴーグルをつけて生活するのが一般的になったとしたらどうでしょうか。暗視ゴーグルの緑色の世界のなか、その緑の明暗のみで表現されたCMがメジャーになる可能性も。
そんな中、今回ぼくが想像をふくらませてみたのが、ブレイン・マシン・インターフェイスの進化と普及で脳に直接情報を届けられるようになった未来の光景です。もし、映像に加えて感覚、さらには感情までものったCMをつくる仕事があったら?
ということで、ここで一作。いつの日か、こんな未来が訪れる、かもしれません。
ミライの新職種「ブレインCMプランナー」
コンペに参加するための社内チームに加わることになったのは、ある日のこと。クライアントは大手自動車メーカーで、新しく発売する自動運転車のブレインCMをつくってほしいと各社に声がかけられた格好だった。
ブレイン・マシン・インターフェイス。それは情報を直接脳から出力できたり脳に入力できたりするデバイスで、その進化と普及によって、人々は頭の中にある言葉や映像、感覚や感情などを正確かつ鮮明に伝えたり受け取ったりできるようになった。プライバシーのことなども含めて常時使っているわけではなく、従来通りの文字や音によるコミュニケーションも多く残っているものの、脳で楽しむエンタメ作品などが登場して久しい。
そんな中で自然と生まれたのが脳に直接情報を届けるブレインCMで、私はそのプランナーとしていろいろなCMをつくってきた。
今回の案件の自動運転車はミニバンタイプのもので、クライアントからは子供の成長をサポートする車として打ち出したいと伝えられていた。私はそれを踏まえ、コンペに向けて案を練りはじめた。
そうして考えだしたのが、「子供の好奇心に応える車」というコンセプトだった。私はCMで届ける言葉や映像、感覚や感情などを仮で配置したコンテをつくり、プレゼンに臨んだ。結果、案が採用されて、映像の撮影や、感覚や感情の収録へと進んでいった。
その完成したCMの試写会で、私はドキドキしながらつくったものを関係者の脳に送信した。
次の瞬間、私の頭の中でもCMが流れはじめ、言葉や映像、そして実際に自分が体験しているかのような感覚や感情が鮮やかに伝わってきた。
──ある夜、夫婦が仕事から帰ってくると、リビングでホログラムの図鑑を熱心に眺めている娘がいる。視線の先にはウミガメの姿があって、娘はぽつりと言う。「いつか見てみたいなぁ……」夫婦は顔を見合わせ、うなずき合う。「今から見に行こう!」そうして自動運転車にみんなで乗りこみ、遠くの海を目指して出発する。車中で食事をしたりウミガメのことを調べたりしながら、浜辺に到着したのは深夜。潮風と潮の香りを感じつつ、ウミガメが涙を流しながら産卵しているのを目の当たりにする。無言の娘。が、心の中では言葉にならない感動が激しく渦を巻いている。娘は帰りの車で寝ようと横になるものの、興奮で眠れない──。
最後に「子供の好奇心に応える車」という言葉が頭の中に伝わってきて、CMは終了した。
どうだっただろう……。期待と不安を抱えながら、私は反応をうかがった。すると、居合わせた一人、クライアントの現場トップの方が口を開いた。
「素晴らしかったです。御社にお願いして本当によかった」
ホッと胸をなでおろしていると、その方はつづけた。
「ただ、困ったことが」
えっ、と思わず固まる私に、その方はいたずらっぽく笑って言った。
「じつは今回、私自身がこの車に買い替えるのはタイミング的にどうかなと思っていたのですが……今夜さっそく、家族会議を開かねばならないようです。子供の好奇心に応えるために」
(了)


