AIの活用が急速に進む中、企業はAIと人の関係をどう再構築し、組織戦略をどう変革していくべきなのか。
こうした問いを軸に、アデコでは7月6日に九段会館テラス(東京・千代田)にて、組織戦略の有識者や人的資本経営の最前線を主導してきたトップランナーが議論する 「HR Frontline Conference 2026」を開催。
元読売巨人軍の桑田真澄氏、元ニトリホールディングス 理事 / 人事責任者の永島寛之氏による講演や、レゾナック・ホールディングスの今井のり氏、ユナイテッドアローズの山崎万里子氏といったCHROを招いたパネルディスカッションが行われた。
私たちの未来を決めるのはテクノロジーではなく、「人」
今回のテーマは「AI協働時代の組織戦略と実践」だ。
初めに、アデコ代表取締役社長の平野健二氏は、AIとどう協働して人の能力やポテンシャルを最大限に引き出し、成果につなげるかが組織戦略における重要な命題だと位置づけ、「AI時代において私たちの未来を決めるのはテクノロジーではなく、人である」と考えを述べた。
アデコ 代表取締役社長 平野健二氏
続いて、AdeccoのGlobal Presidentであり、The Adecco GroupのExecutive Vice Presidentでもあるクリストフ・カトワール氏が登壇。「AIはあくまでも変革を可能にする手段に過ぎず、真に変革を動かすのは、信頼と『人』中心のリーダーシップだ」と指摘した。
さらに、高い成果を上げる企業の特徴として、テクノロジー投資と同じくらい人への投資を重視していることや、生産性だけでなく価値創出に焦点を当てるといった観点が共有された。
桑田真澄氏の指導と組織づくりにおける3つの要点
基調講演には、元読売巨人軍で、オイシックス新潟アルビレックスのチーフベースボールオフィサーを務める桑田真澄氏が登壇。「挑戦、人材育成と導く指導」をテーマに、現役引退後に指導者として学んだことを中心に語った。
元読売巨人軍 / オイシックス新潟アルビレックス チーフベースボールオフィサー 桑田真澄氏
弾道測定器、ハイスピードカメラ、GPS、ウェアラブルデバイスなど、今や野球界でもデータ活用が進み、かつては見えなかったものが可視化されるようになっている。データは選手と実際の動きのギャップを埋める有効なツールであり、経験や感覚にデータを組み合わせることでより質の高い指導ができるという。
一方で、データだけでは人は育たないという点を強調する。桑田氏は「データは選手を理解するためのヒントであり、最後に人を成長させるのは人だ」と述べた。
野球は「10回やって7回失敗するスポーツ」だと説明。どれだけ優れた選手でも失敗を重ねるのは当たり前だからこそ、落ち込んだ選手にどのような言葉をかけ、前向きな挑戦を促すかは、長年の経験や直感を持つ指導者にしかできない役割だと話す。一球ごとに状況が変わる野球では、データを見て考える時間がないまま瞬時の判断が求められるため、状況を総合的に捉え判断する力の必要性を語った。
講演の後半では、読売巨人軍の二軍監督時代の3つの取り組みを紹介。
・自分自身がロールモデルになること
・心理的安全性を確保すること
・任せること
その結果、チームに責任感と主体性が生まれ「学び、挑戦する組織」へと変わっていったという。具体例として、前年は46だった盗塁数を、走塁コーチが練習やアイディアを出しながら翌年は103、翌々年は138にまで伸ばした例を挙げ、まさに「リーダーの姿勢が組織の文化を作っていく」ことを示した。
永島寛之氏が語る、AIによって代替される力と拡張する力
続いて、元ニトリホールディングス 理事 / 人事責任者・トイトイ 代表の永島寛之氏が「経営を勝たせる意志ある組織変革:AI時代に必要な意思決定力」をテーマに講演。
永島氏は、AI時代の人事や組織変革を考える前提として、まず付加価値をどう生み出すかを問うべきだと語った。人口減少が進み労働投入量に限界がある以上、付加価値を高めるための鍵は労働生産性であり、さらに言えば、その「質」をどう変えるかが問われていると整理した。
元ニトリホールディングス 理事 / 人事責任者・トイトイ 代表 永島寛之氏
多くの企業では、これまで分母(労働投入量)の効率化ばかりに目を向け、分子(付加価値)を増やすアプローチができていなかった。DXがうまくいかなかった原因もここにある。これからは、AIが能力を代替することによって時間的な余裕を得た人材を「付加価値を最大化する(=分子を増やす)仕事」へどうリスキリングし、配置していくかが成否を分ける。この「分子の拡張」を組織的に行うことこそ、「人的資本経営」の本質でもある。
永島氏は、AIを使って11万時間を創出したオープンハウス社の事例を挙げた。同社の戦略の優れている点は、AI活用で得られた余剰時間を、街頭での「声がけ(新規開拓)」という“人間にしかできない付加価値業務”に全量シフトさせたことだ。AIを使って作業を早めるだけでなく、それによって「人の仕事の質をどう変えるか」までをセットで設計することが必要になる。
さらに、これまでの人の仕事を「観察、分析、判断、実行」という流れで捉えたうえで、AI時代に価値が増すのは「観察する力」と、最終的に不確実性のなかで決断を下す「賭ける力」だと指摘。
アメリカで開催されたATD(Association for Talent Development:世界人材開発協会)のカンファレンスでは、これからの人材開発・組織開発を動かしていくのは「テクノロジー」「ヒューマニティ」「リーダーシップ」だというテーマが掲げられていたと続ける。登壇者の1人が「リーダーとは、地図のない暗闇を、正解もない中歩いているようなもので、そこでは一歩を踏み出す勇気が必要」と語っていたことを紹介し、理論やハウツーはAIで誰でも入手できる時代になるからこそ、最後は自らの感性や現場の観察をもとに、人が決断することが重要になってくると説明した。
こうした力は「非認知スキル」と呼ばれ、計算力やパターン認識など従来重視されてきた「認知スキル」とは対をなす。永島氏は、問いを立てる力や協働力、信頼性、レジリエンスといった非認知スキルを組織に根づかせることが、今後の人事の重要な役割になると語った。そのうえで永島氏が繰り返し訴えたのが「非金銭報酬を上げるべき」という主張だ。金銭報酬は効果が一時的で当たり前になりやすいのに対し、「意味の報酬」「関係の報酬」「成長の報酬」から成る非金銭報酬は蓄積し、自発的な行動や成果につながっていくと説明した。
永島氏は、今回のテーマである「AI協働時代の組織戦略」を考える上で問うべきは、今の組織がそもそも「人を前提」に設計されていないかという点だと続ける。例えば、社内で品質保証と製造の部門が分かれているのは、互いが牽制することでちょうど良い着地点を作るという、いわば人と人のせめぎ合いを利用した仕組みである。しかし、AIが合理的に判断できるのであれば、そもそも両者を分ける必要があるのかが問われる。人事も同様で、採用・育成・配置をバラバラに扱うのではなく、一気通貫でやるべきだという発想への転換が求められている。今の組織が正しいという前提を捨て、AIを起点に組織そのものを設計し直すことが、これからの組織戦略の核になると結論付けた。
企業価値は「戦略×人材×組織文化」の掛け算。忖度なしで進めるレゾナック・ホールディングスの組織変革
パネルディスカッション前半の事例紹介では、レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 / 最高人事責任者(CHRO)の今井のり氏が登壇した。
レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 / 最高人事責任者(CHRO) 今井のり氏
レゾナック・ホールディングスは、旧日立化成と旧昭和電工の統合によって誕生した。旧日立化成出身である今井氏は、CEOと二人三脚で、意思決定機関、経営メンバー、人事制度、グローバルの人事システムまでの統合を実行してきた。
企業価値最大化の考え方として、今井氏は「戦略×個の能力×組織文化」という掛け算の構造を提示する。ポートフォリオ戦略が決まれば必要な人材像が見え、その人材を生かすための組織文化が定まる、という流れだ。
文化変革の起点として、まず経営トップへの率直な意見出しや360度フィードバックの社内公開から着手。その結果、エンゲージメントサーベイでは、心理的安全性から対話、やりがいへと重要な要因が段階的に変化してきたという。
今井氏は、AIの世界になるほど人がやるべきことが明確になると、「志」の重要性を述べた。「何をやるべきなのか、何が面白いと思うのか」「人と人が出会うことで、セレンディピティ(予期せぬ発見や機会)をどう戦略的に起こしていくか」といった問いに焦点を当てていると話す。
具体的な成果としては、半導体材料開発を統括する役員が3年かけて28社を巻き込んだ次世代半導体パッケージ技術開発のためのコンソーシアム「JOINT3」や、若手HRの発案で実現した、階層別研修を廃止し、音楽フェスのように参加者が自由にコンテンツを選んで参加できる「ラーニングフェス」を紹介。社内外の講師による60講座を100人超の社員によって運営し、1500人以上の社員が参加するなど、組織の自律性が可視化された。
今年から新たに「共創文化の体現と従業員ハピネスの向上」を目標に掲げ、心身の健康・仲間・達成感を軸に、幸せを感じやすい職場を戦略的に作ることを目指すという。多くの企業が直面しているのはスキル不足ではなく「昨日まで野球をしていたのに今日からサッカーをやれと言われて走り出せるか」という心の適応課題であり、人事施策の多くはそのキャパシティを広げることを主眼にしていると述べた。
「Technology × Humanity」で企業価値を高めるユナイテッドアローズの組織戦略
ユナイテッドアローズ 上席執行役員 / CHROの山崎万里子氏は、AI時代の組織戦略のテーマを「Technology × Humanity」とし、「人が最後まで人に頼りたい仕事は何かを考え尽くすこと」だと表現した。データだけでは人は動かず、感情だけでは組織は強くならないと話す。
ユナイテッドアローズ 上席執行役員 / CHRO / 人事本部 本部長 山崎 万里子 氏
同社は汎用AIの社員配布やEC領域での業務特化型AI、採用面接の志向性分析AIなどを活用する一方、おもてなしや顧客の感情理解、ブランドの体現、血の通った判断は人が担う仕事だと位置づける。例えば、人生の節目の一着を選ぶ接客では、似合う・サイズが合うだけでなく「この服なら大丈夫」という自信を届けることこそが自分たちの仕事だと語った。
そのうえで、AIとの関係は「AI or 人」から「AIと人」を経て、これからは掛け算で価値を倍増させる「AI × 人」の段階であると定義した。
続いて、人的資本経営の実践では、エンゲージメントサーベイの相関分析を重視していると紹介。その背景には、コロナ禍での休業、給与や賞与のカットによって1000人の退職が起きた時期に、エンゲージメントに影響する要因が「人間関係」から「経営方針」と「教育」へと大きく変化したことがある。
この変化を受けて、同社は教育投資やタウンホール、社内報の紙への回帰、社員向け決算説明会などを実施。「合理ではなく、情理に振り切る」という姿勢で、数年かけてエンゲージメントを回復させることに成功した。
また、5か年分のエンゲージメントデータと業績の相関分析では、「当年の1ポイントのエンゲージメントの向上というのは、翌年度の粗利生産性を0.8ポイント押し上げる」という高い相関が見られたと共有した。
生産性成長率と賃上げ率を同率に設定する一方、社員への説明では合理的な数値よりも「誇りある仕事が信頼を生み、企業価値になる」という物語を重視していると語り、「合理×情理」「AI×人」の両方を常に考える姿勢の重要性を強調した。
次世代リーダーに求められるのは「丸ごと見る力」
パネルディスカッション後半では、永島氏、今井氏、山崎氏に加え、アデコの平野氏、モデレーターにアデコの常務執行役員Head of Perm Recruitmentである幸⼭貴行氏が加わり、“AI協働時代の組織”へのロードマップをテーマに議論。AI時代の組織や役割分担、リーダー育成の方法についてさまざまな意見を交わした。
本イベントの参加者へ実施した事前アンケート結果では、「今後3年間の経営課題として人的資本領域でもっとも優先度が高いテーマ」として、
・「DX/AI活用に伴う組織・人材の再設計(リスキリングを含む)」
・「経営層・次世代リーダーの計画的な育成と承継」
の2つが挙げられた。
組織・人材の再設計では、レゾナック・ホールディングスがスキルベースの人事制度とアジャイルなプロジェクト型組織への移行を進める一方、ユナイテッドアローズは「AI教育の目的化」を避け、セキュリティに配慮しながら段階的にAI活用を広げる方針を示した。永島氏は、採用AIをめぐる訴訟が米国で相次いでいる点を挙げ、コンプライアンス面の不安がAI導入の足かせになっていると指摘した。
次世代リーダー育成では、機能別の専門家ではなく事業・経営を丸ごと見られる人材の重要性で意見が一致した。
レゾナック・ホールディングスでは、ローテーションの強化や複数部門の視点を持つ管理職育成を進めていると説明。管理部門でも人事だけでなくファイナンスなど複数の視点を持てることが重要になるとした。ユナイテッドアローズでも、部門横断の「斜めの目線」を意図的に取り入れ、ポテンシャル人材を発掘しているという。永島氏は、これまで評価されにくかった「見逃し人材」をAIで再発見することこそ本来のタレントマネジメントだと共感を示し、アデコの平野氏は、経営戦略と人事戦略が連動した「未来対応型組織」と社員一人ひとりと向き合い成長を支援する、人を中心に据えたリーダーシップの必要性を挙げた。
セッションの最後には「明日から実践するべきファーストステップ」が問われ、今井氏は「仲間づくり」、山崎氏は「AI導入を目的化せず、人がやるべき仕事とAIに任せる仕事の仕分け」、永島氏は「付加価値を出す集団作りを改めて考えること」、平野氏は「何を変えるかよりも、何を変えないかを決めること」を挙げた。
AIは手段であって目的ではないという共通認識のもと、人事や経営が真正面から向き合う必要があるとして議論は締めくくられた。
閉会挨拶では、The Adecco GroupのPresident, Geographic Regionsであるイアン・リー氏が登壇し、人の能力と可能性を最大限に引き出しながらAIとの効果的な協働を実現することは、持続的成長のために極めて重要だと述べた。
今回のカンファレンスを通じて浮かび上がったのは、AI協働時代に問われる組織戦略には、単に「どの業務にAIを導入するか」ではなく、AIを前提に人の仕事と組織のあり方をどう再設計するかが求められるということだ。
AIが分析や定型的な判断を担う領域が広がるほど、現場を観察して問いを立て、不確実な状況で意思決定する力や、人との信頼関係を築く力の重要性は高まっていく。だからこそ企業には、AIによって生まれた時間や人材を、どのような付加価値の創出に振り分けるのかを明確にし、その実現に必要な育成・配置・組織編成を一体で考えることが求められる。
桑田氏の「任せる組織づくり」、永島氏の「分子=付加価値を増やす」という提言、レゾナック・ホールディングスの文化変革、ユナイテッドアローズの「Technology × Humanity」の実践に共通していたのは、テクノロジーだけで組織は変わらないという認識である。まず取り組むべきは、「AIをどの業務に使うか」を考える前に、自社の組織のあり方そのものを疑ってみること。それが、AI協働時代における組織変革の出発点となる。
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