7月28日、「広報×総務カンファレンス 2026」(宣伝会議主催)に登壇したスペサンの代表取締役の植松健佑氏は、個人向けサプライズやオリジナルウェディングのプロデュースで培った知見を組織に応用した「体験設計」を紹介。全社キックオフや周年イベント、経営承継セレモニーの事例を通じ、社内施策を単なる「いい思い出」で終わらせず、組織の行動変容や文化形成につなげる方法を解説した。
発信量と行動変容は比例しない
社内報の開封率、動画の視聴回数、全社会議の参加率は、会社が発信した情報やメッセージを社員が認知した証拠にはなる。しかし、その先の共感、自分ごと化、行動変容まで示すものではない。企業は「伝わっている」と「動いている(変化が起きている)」の間にある断絶を見落とし、認知段階の数字を成果として捉えがちだという。
社内報の開封率、動画の視聴回数、全社会議の参加率の高さは、社員の行動変容への影響を示す指標ではない
スペサンは2015年の創業以来、プロポーズや記念日などのサプライズ、そしてオリジナルウェディングのプロデュースを通じて、約300件以上の個人向けプロジェクトを手がけてきた。その経験の中で、人は正しい情報を受け取った瞬間ではなく、感情が動いた瞬間に行動が変わることを数多く経験した。この知見を組織へ応用したのが、インターナルコミュニケーション支援サービス「Cultive(カルティブ)」である。
植松氏は、体験設計を「情報の伝達ではなく、感情の変化を時間軸で設計すること」と定義した。誰の、どの瞬間の、どの感情を、どう動かすのか。社内イベントなどのメッセージ発信の場において、参加している社員の感情がどう変化するかを描きながら1日を設計し、頭で理解するだけではなく身体知を通じた「腑に落ちる」状態をつくることで、初めて行動につながるとした。
「立派なメッセージ」が他人事になる
インターナルコミュニケーションが陥りがちな罠として、最初に挙げたのが「立派なメッセージほど、他人事になる」ことだ。磨き上げた理念や言葉をポスターやカードにして配り、ワークショップや社内報で繰り返し発信しても、現場の会話や行動に現れない場合がある。
完成されたメッセージには、社員が入り込む余白がない。「正しいが、自分の話ではない」と受け止められてしまうためだ。理念を一方的に伝えるのではなく、社員が体験の中で自ら意味を発見し、当事者として受け取れる場をつくる必要がある。
植松氏は、この考えについてスペサンがプロデュースした企業の全社キックオフの事例を通じて解説した。開催企業にとってこのキックオフは、国内外から約1800人が参加する3年に一度のイベントだ。その場で発表される新たな中期経営計画を「正しく理解する」だけで終わらせず、次の3年間に向けた推進力へと変えることが課題とされていた。
スペサンは、中期経営計画という膨大な「情報」を身体感覚へ翻訳し、参加した社員が確実に持ち帰れるようにイベントを設計した。経営陣によるプレゼンテーションの随所に演出を盛り込み、重要なメッセージが参加者の記憶に刻まれるようにした。また、イベントコンセプトであった「円陣」を象徴するように会場中央には円形ステージを置き、壇上のプレゼンターや受賞者を全員が取り囲む体験設計を作り上げた。
イベントの最後には、実際に全員で円陣を組んで声を合わせる機会をつくり、「一致団結して目標を達成する」という思いを個々人が身体的に受け取れる体験を設計した。
「全員向け」が誰の感情も動かさない
2つ目の罠は、「場を設けること」が目的になることだ。全員向けに平均化された体験は誰の感情も動かさず、たとえアンケートの満足度が悪くなかったとしても社員の行動変容にはつながらない。不特定多数に向けて均一化した演出ではなく、感情を揺り動かしたい「一人」の顔を思い浮かべることで、そのメッセージは大きな波となって全体へ届いていくと植松氏は語った。
スペサン 代表取締役 植松健佑氏
これに関連して、植松氏は、先の事例とは別の創業75周年イベントについて紹介した。スペサンでは、型通りの「式典」としてではなく、会社への「好き」という感情を個々人が再発見し、未来に向けた気持ちが芽生える機会になるように設計した。
際立ったのは、会場に用意した席札の演出だ。社長から社員一人ひとりへの直筆メッセージを席札として用意した。何百名分にもなる直筆のメッセージに社員は驚き、中には、大切そうに財布にしまう人もいたという。
「いい思い出」を組織の資産に変える
3つ目の罠は、イベントが一過性の「いい思い出」で終わってしまうことだ。植松氏は、社内イベントを「コスト」として捉えるのではなく、社員がその場で共有した感情や物語、会社への誇りを、その後も力を引き出すための「見えない資本」として組織に蓄積することが重要だとした。
これについて植松氏は、創業30周年と経営承継が重なった別のプロデュース事例を紹介した。創業30周年と、創業社長から2代目社長への経営承継が重なる節目に、約1000人の社員に会社の歴史と新体制の未来を自分ごととして受け取ってもらう体験を設計したという。
イベントを構成する上で、冒頭に新体制が目指す未来を示し、現在活躍する仲間をたたえた上で、終盤に創業社長の歩みと会社の歴史を振り返る流れとした。植松氏はこの構成について「記憶に刻みたいものを、感情のピークに置いた」と解説した。
創業社長から2代目社長へとプレゼンテーションが代わるタイミングでは、両者が握手するように演出。2代目社長にはサプライズとして用意されたこの演出は、会社というバトンが引き継がれる瞬間と、先代から2代目に寄せられる厚い信頼を象徴するシーンとして参加者の心に深く刻まれた。
イベントに合わせて制作された記念冊子には30年の歴史と新旧トップの思いがまとめられており、後に採用活動にも活用されたという。一夜の体験が、会社を動かし続ける資産として活かされた例である。
社内イベントの4つのゴール
最後に植松氏は、自社施策を診断する3つの問いを示した。メッセージを完成品として配るだけになっていないか。体験を平均化せず、誰の、どの瞬間の、どの感情を動かすか特定できているか。経営課題と接続できているか、である。
社内イベントのゴールは4つに整理される
また、社内イベントのゴールを「当事者意識」「一体感・組織効力感」「理念浸透・誇りの醸成」「社会的意義」の4つに整理した。変革期や新戦略の導入時には当事者意識、組織拡大期や合併後には一体感、周年などの節目には誇り、パーパスの浸透では仕事と社会のつながりが、それぞれゴールになり得るという。
次のイベントでどのゴールを目指すか、一つに絞ることは社内でも始められる。一方、誰の、どの瞬間の、どの感情を動かすかを特定するには「外から診る目」が必要だと説明。組織の状況を診断し、その会社固有の体験へ落とし込むことが、スペサンの担う役割だとした。

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