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広告人は、社会を動かす「フィクサー」になろう

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【前回記事】「コピーライティングにも仕事にも役立つ、三つの視点「社会観・世界観・人生観」」はこちら

コピーライターは、陰で支えるフィクサー

私が電通に入社したとき、上司から「広告会社は黒衣(くろご)である」と言われた。歌舞伎の役者の後ろに控えてサポートしている黒装束の人物。クライアントである立役者のパフォーマンスを陰で支えるのが我々の役目である、と。決して表に出ない存在。今的に言えばフィクサーであろう。

1980年代に国鉄(日本国有鉄道)の「ディスカバー・ジャパン」や富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」というキャンペーンを仕込み、一つの流れを作った藤岡和賀夫さんは電通フィクサーの代表だった。

書籍『広告は、社会を揺さぶった』では、「女の時代」を牽引した100点以上の広告を掲載。70年の歴史とともに解説している。詳細・購入はこちら(Amazon)。

大阪万博(1970年)やつくば科学万博(1985年)などのプロデューサーを勤めた堺屋太一さんも大物フィクサー。書籍『広告は、社会を揺さぶった−−ボーヴォワールの娘たち』に掲載された、糸井重里さんと堤清二さん(当時・西武流通グループ経営者)とのやり取りを読むと、堤さんは女性自立のフィクサーだと思った。

糸井さんから「女の時代」というキャッチフレーズを引き出し、今日までの「女性活躍推進」の道筋を、デパート、人材派遣業、美術館、劇場などさまざまな媒体を通して敷いてくれた。それまでは「女性上位」と揶揄的に女性を持ち上げる風潮だったが、はっきりと大声で「女の時代」を打ち出した西武の影響は他の業界にも及んだのである。糸井さん自身も「ほぼ日刊イトイ新聞」を創り、若者文化を動かしているフィクサーだ。

一昔前、コピーライターは広告文案家といわれていた。私がこの業界に入った頃はキャッチフレーズの行数や字数を先輩デザイナーに指定されて書いたものだった。経済規模が拡大し市場も複雑化、メディアも多様化するにつれ、コピーライターの守備範囲も幅広くなった。「文案」にマーケティング戦略のコンセプトが求められるようになったのである。

コピーライターもコンセプトメーカーとしてフィクサー的に働くチャンスが増えてきたのだ。

社会に問題を投げかけた、再春館製薬所、サイボウズのCM

働くママを応援する、サイボウズのCM「ママ大丈夫?」(2014年)
出典:脇田直枝著『広告は、社会を揺さぶった』(2015年)

安倍晋三内閣が「女性活躍推進法」を成立したお陰で大企業の場合は「202030」(2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%にという政策目標)と義務づけられたから希望が見える。しかし中小企業で働く女性の場合はどうだろうか。

30%という数字で後押しされるとしても、数字に含まれない悩みや問題は依然として残る。夫の非協力やマタニティハラスメントやセクシャルハラスメント、パワーハラスメントなどなど。ワーキングマザーにはさらに保育所や病児保育所など新たな問題にも直面する。

最近のCMの傾向に、キャリア・ウーマンを主人公にして女性がバリバリ働いているようなイメージに仕立てた広告が目につく。まあ実態とかけ離れていても、こういったCMを続けていけば、社会は感化されていくかもしれないから良しとしよう。

しかし、やはり実態ほど効果的なものはない。再春館製薬所の「女性が幸せに働けない会社が女性を幸せにできるはずがない」(2014年)というCMがあり、紹介される「子育て面談の日」は仕事を続けキャリアを築きたい女性には、悩みが吹っ飛んでしまう、うれしいCMである。赤ちゃんを産み、安心して育休が取れ、復職してキャリアが積める。意欲的でいい人材を確保したければ、再春館製薬所のようにきめ細かな制度を整備しなくてはならないのだ。たとえ1社のCMでも、これが範となってワーキングマザーに優しい制度が社会に根付いてくれるであろう。

「働くママたちに、よりそうことを。サイボウズは応援します。」というサイボウズのCMは、まさに子供を保育所に預けて働いているお母さん社員のリアルな姿が描かれている。周囲に気にしながら会社を飛び出し保育所へ。待っていた子供は熱があり、明日は保育所が受け付けてくれない。病児保育所は満員かも知れないし・・・と疲れ焦って憔悴しきっている若いお母さん。


働くお母さんの姿と悩みが見事に集約され描かれた素晴らしいCMである。お母さんたちは孤軍奮闘しているのだ。自分がモデルになっているみたい、と。働くママたちの共感を呼んで話題となった。「ママ大丈夫?」と聞くけなげな子供の姿に、旦那はなにしているのか、と非難が上がるほど反響があり、CMの次作は父親が送り迎えをするストーリーになった。このCMのお陰で「パパの協力の姿」を見せる、という教育的効果を生んだ。

厚生省(出稿当時)の「育児をしない男を、父とは呼ばない。」(1998年)という新聞広告は衝撃的だった。この衝撃は「イクメンクラブ」へ繋がっていく。「イクメン」という言葉は誰が使いだしたのか。厚生省も男性の育休取得率を高めるためのプロジェクトに「イクメンプロジェクト」と借用するほど定着した。「イクメンクラブ」は各地で運動を繰り広げている。

このように一介のコピーライターでもアイデア次第でフィクサーのように社会を動かすことができるのだ。

サイボウズや再春館製薬所のように、女性たちの悩みや問題点を取り上げ、解決に導くようなCMが、これからのフェミニズム広告の方向性を示していると思う。


脇田直枝
コピーライター。元電通EYE社長。

早稲田大学卒業後、フリーを経て電通入社。男社会の牙城だった広告業界で女性だけの広告代理店、電通EYE を設立、代表取締役を務めた。集英社『COSMOPOLITAN』創刊時、「この雑誌には、エクスタシーがある」という広告コピーをはじめ、国鉄、サントリー、松下電器、など数多くのキャンペーンを手がけ、時代時代で女性たちを鼓舞し、牽引してきた。2000年東京都「第2回男女労働者に優しい職場推進企業 能力活用特別賞」、2001年モンブラン社「第1回ビジネス・ウーマン・オブ・ザ・イヤー賞」、2003年「第43回日本宣伝賞吉田賞」など受賞。