コラム

メディア野郎へのブートキャンプ

FTの紙はなぜピンク色?-ネットメディアがブランド化するために必要なもの

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今回のテーマは、メディアがブランド化するとはどういうことか? についてです。

特にネット上のメディアにおいては、「2ちゃんねる」のような掲示板サイトから、VOGUEのようなハイエンドのファッションサイトまで、あらゆるメディア同士が、クリック単価、ページビュー単価といった共通のフラットな尺度で比較されてしまい、常にコモディティ化されるプレッシャーを受けています。

これは、つまりは、永遠に続く叩き合いの値下げ合戦、いわゆる血で血を洗うレッド・オーシャン的な消耗戦であり、広告モデルのネットメディア関係者でこのことを肯定する人は余りいないのですが、一度、現実に成立してしまった構造は、そう簡単に変わりません。

日本にネットが普及し出してから約15年、毎年、人々がネット上で過ごす時間は増加し、デバイスの進化や通信料金の低下もあって、より多くのページビューが生み出されています。ネット広告は、業界全体の売り上げパイは着実に拡大しているのですが、広告スペースの供給増加が、流入する広告費の増加を上回り、広告枠の需給バランスは常に緩み続け、放っておけば、ネット上の広告メディア業では、広告単価は常に下落の一途をたどってきたというのが私の現状認識です。

この状況を食肉業界に例えましょう。お肉への需要、つまり食欲(広告需要)には上限があり、それほど急には伸びない中で、肉牛の飼育は激増し、肉の供給だけがどんどんと増え、肉屋やスーパーの店頭で熾烈な値下げ合戦がグラム幾らの計り売り単位で行われているような状況をイメージしてもらえればよいのではないかと思います。

牛(メディア)を育てた畜産農家(編集者・ライター)としては、自分たちが丹精込めて育てた牛のお肉が、グラム幾らで投げ売りされている状態を見るのは、忍びないですね・・・(ちなみに、私はPVは沢山あるのに、空き枠ばかりで、マネタイズが出来てないWebサイトを見ると、社会の教科書で見た、「豊作の結果、配送費すら回収できないので、畑で、そのまま、キャベツをトラクターで潰す農家」の写真が頭の中に呼び起こされてきます)。そんな物悲しい状況を脱皮するためにも、お肉で言うなら「松阪牛」や「神戸牛」「イベリコ豚」のように、「ブランド化」をし、ミンチにされてグラム幾らでまとめ売りされる状態からは脱却しなければなりません。

では、どうやれば、自分たちのメディアを「ブランド化」できるのでしょうか。ここ数年、ずっと考えてきた私も、まだまだ道半ばですが、今日は、少し見えてきたヒントのようなものについて書いてみたいと思います。

英国には、Financial Times(略称:FT)という経済紙があります。グローバルな金融の中心地であるロンドン:シティを代表するメディアの一つであり、世界中の金融業界関係者が一目を置く新聞でもあります。

Financial Times

そんなFTを見て、私はいつも疑問に思うことがありました。上の写真のようにFTは、新聞紙がつねに薄いピンク色なのです。なぜFTの紙はピンク色なのでしょうか?

以前にロンドンで英国人と世間話をしているときに、そのことを聞いてみる機会があったのですが、その答えに、「ハッ」としました。私は、実は環境問題的な観点などから、紙の原料のパルプが元々で、そういう色が付いているとか、そういう現実的な制約で紙がピンク色になっているのだと思い込んでいました。

その時、聞いた答えは
「FTの紙がピンク色なのは、ブランディングのために決まってるじゃないか」というものでした。

一瞬、「えっ!そうなの?ププっ馬鹿馬鹿しい(笑)」と思い、これはFTをからかったイギリス風の皮肉かとも思ったのですが、思い返せば、思い返すほど、「ブランディングのために、わざわざ、新聞紙の色を変える」というアプローチは合理的なものに思えてきたのです。

イギリスにはFT以外にも、様々な新聞が沢山あります。部数を増やすための常套手段として、「セックス」、「スポーツ」、「スキャンダル」(これらのテーマを3Sと称す)ばかりを扱ったような低俗な大衆向けタブロイド紙も多いのです。それに比べ、FT読者は、金融界のエリートであり、FTを読むことは、おそらくシティで働くことを象徴するパスポートなのでしょう。

紙がピンク色ならば、カフェで新聞を読んだり、小脇に抱えて歩いているだけで、「あ、この人はシティで働くエリートだ」と一目で分かるわけです。イギリスは階級社会で、アクセントで出身階層を値踏みするなどと言われますが、実は、一言も話さずとも、朝の通勤時間に小脇に抱えている新聞の色で、その人の属する社会階層について、大体の見当を付けられてしまう、そんな社会とも言えるのではないでしょうか。

そして、よほどFTには「なぜ紙がピンク色なのか?」という質問が頻繁に寄せられるのでしょうか。FTのWebサイトには、そのものズバリの回答がありました。

Q. Why is the Financial Times pink?
A. Since 1893, the Financial Times has used its distinctive salmon-pink newsprint as a distinguishing trademark to set itself apart from other daily news publications.

FT自らが、紙をピンク色にしている理由を「他の日刊新聞から、自分たち自身を区別してもらうための、独特なトレードマークとして、1893年から新聞紙にあのピンク色を採用し続けてきた」と公式見解で述べていました。

”to set itself apart from other daily news publications”
というあたりに「他の(くだらない)日刊新聞と一緒にされてはかなわん!」という彼らのプライドが滲んでいますね。

重ねて注意すべきなのは、FTがピンク色なのは、別にジャーナリズム的な内容、信頼感が云々みたいなこととは、全くに無関係なことなのです。この文脈で、FTはロレックスの時計と同じような「ファッション小道具」なのです。

FTは、「FT LUXURY BUSINESS OF SUMMIT」という世界中の様々なラグジュアリーブランド企業の幹部を集めたカンファレンスを毎年開いているくらいなので、自社の立ち位置を「報道機関」としてだけではなく、「ラグジュアリーブランド」企業だと自己認識しているフシがあります。

「シャネルが香水を売り、エルメスがバッグを売り、ロールスロイスがクルマを売るような気構えを持って、FTは、エリート層に向け、政治・経済の未来に関する「洞察」をお届けします」。ワタシ流に能書きコピーを書くとこんな感じでしょうか。

特に、FTもWebサイトを非常に充実させ、スマートフォンやタブレットからもアクセスが容易に出来る今となっては、FTを「紙で」読む必然性は、周囲の人にピンク色の紙束を通じて、「俺はFTを読むような人間なんだぞ!」とアピールすることぐらいしか、残っていないのかもしれません。

言ってしまえば、紙の新聞版のFTは、「ネクタイ」みたいなものです。シンボルであり、アイコンなわけですから、機能的に意味があるとかないとかいう議論自体が無意味です。思考実験ですが、全く同じ記事内容が、普通の新聞紙に印刷されていて、ピンク色のFTの横で、10%値段が安く売られたとしても、案外、多くの読者は、ピンク色バージョンを選ぶのではないでしょうか。

これこそがブランドの力です。

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