メール受信設定のご確認をお願いいたします。

AdverTimes.からのメールを受信できていない場合は、
下記から受信設定の確認方法をご覧いただけます。

×
コラム

メディア野郎へのブートキャンプ

編集権の独立―オウンドメディア普及の時代にこそ、発揮される価値

share

さて、今回のテーマは「編集権の独立」についてです。

ネット企業では長く、スーツ(ビジネスマン)とギーク(プログラマー)の緊張関係、対立関係が存在しますが、メディア企業においては、スーツ(ビジネスマン)とジャーナリスト&編集者との間で「編集権の独立」を巡る対立が100年戦争のように、くすぶり続けています。

さて、「編集権の独立」とは何でしょうか。WIKIPEDIAによると「編集権の独立」=Editorial Independenceとは以下のように定義されます。

Editorial independence is the freedom of editors to make decisions without interference from the owners of a publication.

「出版物のオーナーから妨害されずに、編集者が意思決定できる自由」のことを指して「編集権の独立」というわけです。このままでは、まだまだ抽象的なので、具体例を幾つか挙げていきましょう。

編集権の独立を巡るゴタゴタは、商業メディアの歴史そのものです。過去に幾つもの生々しい人間ドラマが繰り広げられてきました。

例えば、TechCrunchというシリコンバレーのスタートアップに関するブログメディアがあります。技術系スタートアップの世界では、大変な影響力を持つメディアであり、印刷系メディアとしての歴史背景を持たないメディアとしては、今や最高ランクの信頼感と権威、影響力を得ているメディアと言っても過言ではないでしょう。

さて、そんなTechCrunchが好意的に取り上げる企業やサービスには、「金の卵」的に有望なスタートアップが多く含まれます。TechCrunchが記事の中で「この会社は、次のグーグルだ、Facebookだ」と褒めようものなら、試しに利用してみようとする先進ユーザーと、出資を希望するベンチャー・キャピタルと、入社希望の求職者がレジュメを手に押し寄せる・・・TechCrunchは、まさに「予言の自己実現能力」を持ったようなメディアになっています。

さてTechCrunchのファウンダーであり編集長は、Mike Arringtonという人物でした。彼は2005年にTechCrunchを開設しました。歯に衣着せぬ鋭い論説と、テクノロジーの動向を見渡した深い洞察、そして、スタートアップ界隈の人脈への幅広い食い込みによって、TechCrunchはすぐにシリコンバレーでITスタートアップに勤務する人々やVC関係者には必読のメディアとなりました。その後、2010年に、Mike Arrington は、AOLにTechCrunchを売却しましたが、引き続き編集長にとどまっていました。さて、AOL買収から1年を経ようとしているとき、下記のような「内紛」が起こります。

CrunchFundとArringtonの編集長離任に関して―われわれの倫理基準に裏表はない。
Mike ArringtonとAOLのCEO、Tim ArmstrongはCrunchFundというベンチャーファンドを発足させることを発表した。

New York Timesの記事によると、このファンドは「ArringtonやTechCrunchの記者が書く対象を含むスタートアップに投資する」のだそうだ。

これはまずい。

さらにまずいことに、TechCrunchが取材対象に投資することはジャーナリズム上の倫理を疑わせることになるのではないかという批判に対してCEOのArmstrongは火に油を注ぐような発言をした。

彼はこう言うべきだった。

「CrunchFundという名前―後知恵で考えれば最悪の命名だったが―ではあるものの、このファンドはMike Arringtonが今まで継続してきたエンジェル投資活動の延長にすぎない。TechCrunchの編集者もライターも、このファンドに対して一切影響を与えることはなく、利害関係も持たない。TechCrunchの日々の編集業務には何の影響もなく、編集の独立は完全に維持されることは申すまでもない」

そう言ってくれればよかったのだが、彼が実際に言ったのはこうだった。

「TechCrunchは別の組織だし、別の倫理基準がある。… われわれは通常のジャーナリズムとしての倫理基準を守っているが、TechCrunchは例外だ」

バカなことを言ってくれるな!

事件の概要を、要約しましょう。AOLのCEOであるTim Armstrongは、TechCrunch の影響力と、Mike Arringtonの人脈に目をつけ、CrunchFundという投資ファンドを創設することでMike Arringtonと合意しました。TechCrunchが取り上げるような有望企業に対して、早い段階から投資をするというわけです。TechCrunchは「TechCrunch50」という形で有望な企業50社を選ぶようなプロジェクトもやっていましたから、このようなベンチャーファンドの創設というのは、ビジネス面では非常に有望なプロジェクトと思われました。

しかし、これにMike以外のTechCrunchの記者たちから、上記の記事のような猛反発が巻き起こります。ジャーナリスト魂にあふれる記者にしてみれば、「自分たちは、ファンドの投資先企業の業績を伸ばし、親会社に金銭的利益をもたらすために記事を書いているわけではない!」というわけです。そして、結局のところ、このゴタゴタの幕を引く形で、Mike ArringtonはTechCrunchの編集長を辞任します(余談ですが、この事件を生々しく社外の人間が知ることができたのは、編集長であるMikeと親会社CEOであるTimの決定を公然と批判するような記事ですら、TechCrunchのサイト上に堂々と掲載されたためです。この内紛はTechCrunchにとって、大いに失態ではあったと思いますが、少なくとも、その過程がこのようにして、外部に透明化されたことを、筆者は大いに評価していますし、このことがあったお陰で、TechCrunchのメディアとしての信頼感は、決定的に損なわれずにすみました)。

さて、このTechCrunchを巡るゴタゴタのキモはなんでしょうか。「メディアは取材対象との間で、経済的な利害関係を持ってはならない」し、「特定の企業が経済的に利益を得るために、編集判断や原稿内容が左右されることがあってはならない」ということです。

このことは、営利企業が主なメディア運営の担い手である現状においては、「キレイ事」に響くでしょう。しかし、薄っぺらい「建前」と思えるかもしれませんが、「編集権の独立」を軽視し、踏みにじったりすることは、長い目で見れば、決してメディア企業のビジネスにとっても得策ではありません。今回のコラムは、この矛盾や逆説を理解してもらいたいということが、筆者の真の狙いです。
次ページヘ続く