メディアとは精神の乗り物だ。

さて、今回でこのコラムも最終回となります。
このコラムは、そもそも期間限定で、「メディアづくり」を志す人々のための新兵訓練キャンプ(ブートキャンプ)の授業という趣旨でした。今回の内容は、新兵訓練キャンプにおける、卒業式での校長スピーチのようなものと思いながら、お読み頂ければと思います。

さて、自分の子供時代から、これまでを振り返ると、「メディア」というものに強く惹かれ続けてきたな、とつくづく思います。どうして自分は、そんなにもメディアに惹かれてきたのだろうか?

「好きこそものの上手なれ」と言いますから、私なりにこの質問に答えようとすることが、メディア編集や運営のスキルを向上させようとして、このコラムをお読みの皆さんにとって、最も土台となる部分で役に立つかもしれないと思い、今回は「なぜ、私はメディアがこれほど好きなのだろうか?」について考えたいと思います。

さて、もうすぐ梅雨があければ、夏がやってきますね。

かつて、夏の新潮文庫のキャンペーンのために作られた
「想像力と数百円。」
という糸井重里の超絶的な名コピーがありました。当然のことながら、このわずか8文字のコピーには、物凄い「圧縮」がなされています。私なりにこのコピーを「解読」し、このコピーに込められた意図を補完すると、こうなります。

想像力と(新潮文庫を買う)数百円のお金さえあれば、君は、物語の世界に羽ばたき、古今東西の偉人たちと言葉を交わすことだって出来るだろう。どうだ?楽しいと思わないか? そんな人生を変えるかもしれないような、凄いチャンスが今、君の目の前にある。もしかして今、君は「数百円」という入場料を手に持ちながら、夏休みの時間を持て余してやいないかい?

こんな感じになるでしょうか。夏休みにヒマで本屋をフラフラしているときに、このコピーを見ると、本当にグッと来ましたね。

同じく、寺山修司は「想像力」という言葉について
「どんな鳥だって、想像力よりは高く飛べない。」
という名言を残しました。ここでも鍵となる言葉は「想像力」=(イマジネーション)です。

私のような若輩が、糸井重里や寺山修司の言葉に物申すというのは畏れ多いのですが、この二人が「想像力」を強調しながら、明示的には文中に盛り込んでいない大事な「鍵」があるのに、皆様はお気づきでしょうか。糸井や寺山が、文中に入れていないが、重要な影の主役が「メディア」です。

当たり前ですが、「本」というメディアが「媒介・媒質」となるからこそ、人は、素晴らしい物語の世界に入り込み、人類の歴史に残るような賢人たちと、「今ここ」に居る私とがつながり合えるのです。「想像力と数百円。」は商品コピーなので、読み手の目の前に「本」があるということは、実は暗黙の前提になっているのですが、全く同じこのコピーでも、田舎の国道沿いにデカい看板で「想像力と数百円。」と書かれていたとしたら、その看板を見た人には意味不明ですよね。この名コピーは、夏休みのタイミングに合わせ、主に書店内でポスター展開するという文脈があってこそ、最も有効に機能します。そこに「想像力と数百円。」だけあっても、「本」がなければ、「素晴らしい出会いの夏」 は始まりようがありません。当たり前すぎる話ですが、このコピーはそういう構図で、本というものの素晴らしさを説いているわけです。

寺山修司は「どんな鳥だって、想像力よりは高く飛べない。」と述べました。しかしながら、ほとんどの凡人にとって、想像力とは、全くの真空状態から泉のように湧いて出てくるものでなく、これまでに見聞きした無数の文物や物語を胎盤にして生み出されるものです。これまた当たり前なのですが、全く見たことも聞いたことも無いもの、という存在を人間はうまく想像することができません。そして、近代以降の先進国の人間にとっては、想像力とは、その人がメディア経由で見聞きしてきた情報の「量」と「質」によって、予めその限界を規定されていると言っても過言ではないのです。

糸井重里の「想像力と数百円。」 
寺山修司の「どんな鳥だって、想像力よりは高く飛べない。」

これらの言葉は両方とも、「今ここ」の退屈な日常を脱して、「今ここではない、どこか」に自分を連れて行ってくれるものを欲する人類の普遍的な欲望について語っています。がしかし、実は、そこに「メディア」が存在することが暗黙の前提になっているように私には思えます。たとえ想像力だけがあっても、メディアという産婆が介添えしなければ、「今ここ」ではないどこかへの旅は産み落とされないのです。でも、もし想像力とメディア(本、雑誌、映画、レコードetc)が、適切に組み合わさればこそ、人間は退屈な日常の「今ここ」を脱し、ほんのいっとき、鳥のように「今ここではないどこか」に向かって羽ばたくことができるのです。

忌野清志郎は、「トランジスタ・ラジオ」という曲に乗せて、退屈でダルい学校の屋上から、ラジオ一つあれば心はどこへでも抜け出せる、そんなシチュエーションを鮮やかに描きました。

内ポケットにいつもOhトランジスタ・ラジオ♫
〜略〜
ベイエリアから、リバプールから、このアンテナがキャッチしたナンバー♫

授業をサボり、学校の屋上にいる少年の心はラジオ一つで、遠くベイエリアやリバプールへと羽ばたいていくわけです。このシチュエーションに、私がメディアに惹かれ続けてきた理由が、鮮烈に表されています。

私が思うに、メディアとは「今ここ」ではないどこかに連れて行ってくれる、精神の「乗り物」なのです。

かつてスティーブ・ジョブスは本来的な意味での「パーソナル・コンピューター」を「精神の自転車」(Bicycle for the Mind)と呼んだそうですが、私にとっては、本や雑誌や映画やテレビ番組やラジオ、ウェブサイトといったメディア全てが、精神にとっての「乗り物」(Vehicle for the mind)なのです。そして、インターネットやPC、そしてスマートフォンが普及することのインパクトや意味合いを、この「メディアとは、精神の乗り物」論に乗っかって例えるならば、これまで電車やバスといった公共交通機関しかなかった交通状況に、マイカーが普及し、個人が、いつでもどこへでも、自由に移動できるようになっていったモータリゼーションのインパクトに匹敵するようなエポックメイキングな出来事が、メディアのデジタル化、ネット化のインパクトだと思います。そして、このように考えるからこそ、私はメディアとしてのインターネットが心の底から大好きであり、ネット化・デジタル化の進展は、メディアにとって極めて本来的な進化であり、福音であると確信しているわけです。

余談ですが、少年時代の私はほぼ丸1日、地元の本屋で立ち読みする活字中毒であり、小学校5年からオールナイトニッポンを聞くラジオっ子であり、地元の本屋にないサブカル系の雑誌や書籍を立ち読みするために、自転車で30Kmほど離れた金沢市の書店にまで自転車で行くようなメディア中毒少年でした。それと同時に、NECのPC6001にテープでデータをロードするような時代からのパソコン少年でもあり、雑誌meetsパソコンの接点を象徴するような存在として、アスキー発行の「LOGiN」が一番最初に大好きになった雑誌でした。しかし、やはり「コミュニケーションのメディア」としてのコンピュータに興味があったようで、高校生になった後の進路選択時に、コンピュータ関連の学科を「計算機学科」と称している大学があることには、自分としては違和感を覚えました。「ここは自分が行くべき場所ではない」と。

ああ、脱線が長くなってしまいました。
私が思うに、メディアを作り、編集するとは、つまりは、読者を「精神の旅」に連れ出すようなものであり、編集者は(精神の)旅行ガイドとなるべきではないでしょうか。そして、このような信念を持つからこそ、私は、読み手の「今ここ」の状態をそのままの形で追認し、慰撫するだけのメディア、あるいは駆け足で名所だけを廻る紋切型のパック旅行的なメディアを、心のなかで軽蔑するのかもしれません。

皆さんが、ガイド役になって、これから紡ぎだすであろう「(精神の)旅行」に幸多からんことを祈って、ここらで筆を置くことにします。 Bon Voyage! Keep on traveling!


さて、最後にここまでお読みを頂いた皆様に事務連絡が2つあります。

アドタイに掲載されてきた私のこれまでのコラムが、一冊の本の形にまとまり、宣伝会議から9月に刊行となります。もちろん書籍化にあたっては、構成を見直し、加筆される章もありますので、本コラムのファンだった皆様に手にとって頂き、お読みを頂けることを著者として強く願っております。

また、私が6月から広告事業の担当執行役員として勤務するNHN Japanでは広告営業職の中途採用セミナーをまもなく実施します。今やグローバルで4500万人、日本国内で2000万人以上が使うスマートフォンアプリであるLINEのマーケティングプラットフォーム化の推進や、NAVERまとめ、livedoorなどの提案力強化のために、即戦力となって活躍できる広告セールス人材に、NHN Japanの事業やメディア、戦略についてよく知ってもらうためのセミナーです。今、現在の転職意思がない方も気軽に参加いただけるセミナーです。田端と一緒に働くことに興味がある、という方の来場をお待ちしています。

これまで長くに渡ってお読みを頂きまして有難うございました。沢山の感想や意見を毎回のコラム掲載ごとに頂き、本当に励みとなりました。一旦はこれでお別れとなります。有難うございました。8月以降、テーマ、更新の頻度は変わりますが、アドタイでのコラムを継続していく予定です。新コラムもぜひ、楽しみにお待ちください。

田端信太郎「メディア野郎へのブートキャンプ」 バックナンバー

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田端 信太郎(LINE 執行役員 広告事業グループ長)
田端 信太郎(LINE 執行役員 広告事業グループ長)

1975年10月25日生まれ。
NTTデータに入社し、BS/CSデジタル関連の放送・通信融合の事業開発、JV設立に携わったのち、リクルートへ。フリーマガジン「R25」の源流となるプロジェクトを立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。

その後、2005年4月にライブドアに入社し、ライブドアニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員 メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSやMarketHack、Techwaveなどを立ち上げる。

2010年春からコンデナスト・デジタル社へ。カントリーマネージャーとして、以前から運営されていたVOGUEのウェブサイトに加え、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトデジタルマガジンなどを新たに立ち上げながら、デジタル事業の成長と収益化を推進。

2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員 広告事業グループ長に就任。


BLOG: http://blog.livedoor.jp/tabbata/
facebook : https://www.facebook.com/tabata.shintaro
twitter: http://twitter.com/tabbata

田端 信太郎(LINE 執行役員 広告事業グループ長)

1975年10月25日生まれ。
NTTデータに入社し、BS/CSデジタル関連の放送・通信融合の事業開発、JV設立に携わったのち、リクルートへ。フリーマガジン「R25」の源流となるプロジェクトを立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。

その後、2005年4月にライブドアに入社し、ライブドアニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員 メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSやMarketHack、Techwaveなどを立ち上げる。

2010年春からコンデナスト・デジタル社へ。カントリーマネージャーとして、以前から運営されていたVOGUEのウェブサイトに加え、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトデジタルマガジンなどを新たに立ち上げながら、デジタル事業の成長と収益化を推進。

2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員 広告事業グループ長に就任。


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