佐藤尚之(さとなお)さんに聞く(後編)「効率じゃないコミュニケーションへ」

佐藤尚之(さとなお)さんに聞く(前編)はこちら

佐藤尚之 プロフィール
1961年東京生まれ。ツナグ代表取締役。電通モダン・コミュニケーション・ラボ主宰。公益社団法人「助けあいジャパン」会長。ソーシャルメディアを中心とした次世代ソリューションを扱うコミュニケーション・ディレクター、クリエイティブ・ディレクターとして活躍。代表作は「スラムダンク1億冊感謝キャンペーン」「星野仙一優勝感謝新聞広告」「NECショートフィルム『it』」など。JIAAグランプリ、新聞広告賞グランプリ、広告電通賞金賞、ACC賞など受賞多数。著書に『明日の広告』『明日のコミュニケーション』(共にアスキー新書)などがある。 http://www.satonao.com/

前編からの続きです。

大きくぶちあげたものはすぐ消費されると思っているところがあるんです

並河:僕は、社会的な課題の解決をコミュニケーションで手伝うことを目指していて、今、手がけているワコールのピンクリボンの活動は、乳がん検診率の向上が目標です。多くの先進国では乳がんの検診率が70%ぐらいなのですが、日本ではとても低く、30%ぐらいにとどまっている。なんとか改善できればと思う。

一方、僕は、マスコミュニケーションの力に対して、悪魔の力のように、魅せられているところがあるんです。自分がこういうことを伝えればいいっていうことを、可能ならテレビの全チャンネルで流して広めていきたい、というような悪魔のささやきが聞こえるときがある。例えば、乳がん検診率が改善するなら、手段は選ばない。そういうことを誰かが力を持って、一気にやっちまえばいいのにって気持ちがどこかにあるんです。

さとなお:僕は、大きくぶちあげたものはすぐ消費されると思っているところがあるんです。どんな力でもいいから使って、人の心を無理矢理グイッと動かしたとしても、その時期が終わっちゃったらまたやっぱりサラッと戻っちゃう気がする。僕が目指しているのは、もっと漢方的なもの。じわじわでもいいから確実に変わっていく方がよくて。

キャンペーン的に動かせることには限界があると思う。棒をグッて曲げたら反動でポンて戻りがちだけど、そうではなくて、ググググと少しずつゆっくり曲げていくほうが元に戻りにくい。そうやって世の中をじわじわ変えていくことは可能なんじゃないかと。力も言葉も必要以上に強くない。でも、やんわり静かに伝わって行く。その結果ちょっと変わる、ようなイメージ。マスキャンペーンの、ワーっとやって、オーッとなって、シューッて冷める感じが嫌いなのかもしれない。

並河:僕は、だめですね。まだまだ悟っていない。自分も含め、広告に関わる人の良くないところはそこですね。広めたいって欲望が強すぎる。

さとなお:でも、広めるって「手段」でしょう。手段が目的になっていることが多い気がするんだよね。「何を広めるか」という目的によっては急激な手段をとってはダメなときもある。マスで大声で伝えないほうが良いときもある。広めたい、みたいな気持ちが、何を広めるかよりも先にきてしまう場合がマスマーケティングでは多いよね。広めることが前提になりすぎている。

人が納得するのって、やっぱり、それを伝えた人間性だったりする

さとなお:誰か分からない100万人に対して、ワーッと大声で言って、伝わったかどうかも分からないよりも、狭く100人に深く確実に伝えたほうがいい。その100人が100人に伝えてまたその100人が100人に伝えると100×100×100で100万人になる。信頼できる人達の口を伝わって、伝わっていくほうが強いと思うんです。

人が納得するのって、やっぱり、それを伝えてくれた人の人間性に対してだったりすると思う。お前が言うなら信じてやろう、みたいな。テレビが「信頼できるいい人」だった時代は長かったけど、いまや市民もそこまでナイーブではない。それに結局、信頼できる友人の口に、マスメディア、つまりマスマーケティングは勝てないと思う。

並河:今のマスコミュニケーションのシステムって、ある価格を払えば、流してくれるシステム。中身も見ないうちから、広告を流す値段が決まっている。たとえば、CMにしても、その CMを流す放送局の個人の人間性をちゃんと介在する仕組みをつくれたらいいのに、と思います。

さとなお:それは、もしできたら素晴らしいですね。

マスマーケティングの時代から、もういちど、効率じゃないコミュニケーションに戻したい

さとなお:小さな声を、拡声器みたいなのを通して効率良く大きく広めていくっていうのがマスマーケティングですよね。ものすごく効率がいいわけ。でも、本当は、効率の悪い方が伝わることだってある。「手間暇かける」って言葉があるぐらいで、手間暇があって初めて人の心が動くことも多い。ファストフードの味よりも割烹の手間暇に心が動くことが多いように。その「効率」が、こんなに信奉されて誉められたのは、たったここ100年弱のことで、だからマスマーケティングは、人類の歴史から見ても、実は異常なものじゃないかと思うんです。

かつては、コミュニケーションに、こんな効率を求めなかった。ちゃんと人に会いに行って、ちゃんと目を見て人に伝えるということがきちんと行われていた。手紙にしても手間暇をかけていた。それが、マスメディアという拡声器ができて変わってしまった。やったぜー!こんなに効率良くできるようになったぜ!と、それを代理する広告業ができた。でも、ソーシャルメディアが生まれて、これからは、昔の「村」とか「長屋」みたいに、個人と個人の、ある意味効率悪いコミュニケーションに戻っていくんじゃないかな。

もちろん、ネットだから距離と時間を超えられる。そういう意味では昔とは全然違うんだけど、でも、効率ではない、手間暇がかかる、本来あるべき人と人とのコミュニケーションのカタチ。もう一回戻るんじゃないかな、そういう世界に。効率じゃない世界に。人間関係だけじゃなく、ビジネスのやりとりも。マーケティング自体も。

並河:さとなおさんの言葉には、「こう変わっていく」と、未来を予言しているような雰囲気があります。

さとなお:いや、違うんです。「こう変わっていく」って客観的に傍観しているわけではなくて、僕自身で「変えよう!」と思って動いているつもりなんですよ。当事者として。

まだマス広告全盛の時代に、マスじゃない、これからはネットだ、個のつながりだ、と言い出して、たとえば本を書いたりしてずっと闘ってきたつもりです。傍から見たら目立った動きに見えないかもしれないけど、でも、目立った動きが世の中を変えるわけじゃない。大騒ぎして世の中が変わったとしても、またすぐ戻ってしまう。そういう意味で、これからも、静かに確実にじわじわと良い方向へ世の中を変えていきたいし、そのために動き続けたいと思っています。

並河 進「広告の未来の話をしよう。COMMUNICATION SHIFT」バックナンバー

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並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)
並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)

1973年生まれ。電通ソーシャル・デザイン・エンジン所属コピーライター。ユニセフ「世界手洗いの日」プロジェクト、祈りのツリープロジェクトなど、ソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。DENTSU GAL LABO代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。宮城大学、上智大大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくん どうして?』(朝日新聞出版社)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)他。

並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)

1973年生まれ。電通ソーシャル・デザイン・エンジン所属コピーライター。ユニセフ「世界手洗いの日」プロジェクト、祈りのツリープロジェクトなど、ソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。DENTSU GAL LABO代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。宮城大学、上智大大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくん どうして?』(朝日新聞出版社)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)他。

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