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コラム

「経営のとなりにあるデザイン」〜デザイナーに何をさせるべきか〜

デザインをクライアントの経営資源にしていく。

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ついに今回がコラムの最終回。「経営の隣にあるデザイン」というテーマを考える上で、僕が最後に提示するのは「デザイナーと芸術家の違い」です。

デザイナーとは、審美の眼を備えた企画設計者であり、共同体のために仕事をする者である。デザイナーは、芸術的な意味合いでの個人的な世界観をもたない。デザイナーは、さまざまな企画設計の問題に立ち向かうための方法をもっている。

たとえ今日、工場生産によってデザイナーの仕事が様式主義者(アーティスティックな感覚で作業し、安易ですぐに消費されてしまう製品をつくろうとする企画設計者)のそれへと変化しつつあるとしても、デザイナーは、世間によく知られ、広く消費される製品を、最良の方法でつくろうと努めている者である。

他方、芸術家がデザイナーの仕事をしようとすると、かならず主観的な方法で行い、自身の「芸術性」を誇示しようとする。そして、製品に自分の信念が息づき、他の人にも伝わることを望む。これは、画家であろうと、彫刻家であろうと、建築家であろうと変わらない。

未だにこの分野はとても混乱しているが、それは現在進行している主観的価値と客観的価値の移り変わりがまだ明らかになっていないからだ。進化した社会では、主観的価値(「私がどのように世界をみるか」ということ)ではなく、客観的価値が優位になっている。

なぜなら、主観的方法では、先のことまで見通せないからである。芸術家とデザイナーの第一の違いは、前者は自分自身とエリートのために主観的な方法で作業し、後者は全共同体のために、実用と美観という観点でより良い製品をつくろうと作業するということである。したがって、この2つの作業は異なることがわかる。平たく言えば、芸術家の夢は美術館にたどり着くことであるが、デザイナーの夢は市内のスーパーにたどり着くことである。

――ブルーノ・ムナーリ著 「芸術家とデザイナー」(みすず書房刊より引用)

日本ではまだ、芸術家とデザイナーが混同されており、デザイナーヒエラルキーの頂点に、芸術家が混ざっています。欧米では、企業戦略に則ったデザインを実行するデザインファームが多数存在しますが、日本の場合はそういった仕事は著名デザイナー(芸術家のケースがある)に依頼される場合が多いでしょう。

これは、経営者がデザインを経営資源にしていくためのデザイナー選びに慣れていないという理由もありますが、日本のデザイナーには芸術家志向が強い人が多く、デザインをクライアントの経営資源にしていくという意識が低いことが主な原因だと思っています。

僕はこのコラムを通して、経営者はデザイナーを経営のパートナーにすべきだし、デザイナーもデザインのお題を提示されるのを待つのではなく、経営視点で対象物を発見し、経営資源としてのデザインを実行していくべきだということを話してきました。この経営とデザインの両輪が、歪みなく上手く回り始めた企業が、国内でも、世界でも戦っていける企業なのだと思います。

半年に渡り、僕のコラムを読んでいただいた皆様、ありがとうございました。このコラムに興味を持っていただいたということは、少なからず同じ思想でデザインを捉えていらっしゃるのだと思います。これからは、経営とデザインを実行していく時代です。その様な組織が、皆様の意識と行動から生まれていけば、日本の企業はまだまだ強くなるはずだと信じています。


※コラム「経営の隣にあるデザイン」に加筆・修正を加えた室井淳司さんの書籍が3月に宣伝会議より刊行の予定です。