コラム

脳のなかの金魚

じぶんのなかに狂気をちゃんと飼っておく

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正常と異常との境界は、実はそれほど明確ではない。狂気が治療の対象であり隔離すべきものと認識されたのは、つい最近のことだ。数百年前まで、狂気は、共存すべきもの、むしろ独自の魅力を持つものとさえ認識されていた。

プラトンの『パイドロス』に、その証拠がある。
「われわれの身に起こる数々の善きものの中でも、その最も偉大なるものは、狂気を通じて生まれてくるのである。むろんその狂気とは、神から授かって与えられる狂気でなければならないけれども。」「神から授けられた狂気は、人間から生まれる正気の分別よりも立派なものである。」

神のハンコを条件としているにせよ、ずいぶん思い切った考え方だ。ふつうに考えたものより、狂気から出てきたものの方がグレイト、と断言してるわけだから。

17世紀。狂的な人、伝染病、芸人などマイノリティを中心から外部に追いやり隔離することで、ヨーロッパが近代を形成していくプロセスを、ミシェル・フーコーが『狂気の歴史』の中で描いている。

正常と異常とを、理性と狂気とを、都市と非都市とを、中心と周縁とを戦略的人工的に峻別することで、近代都市国家は安定した形を獲得する。そこからは、いささかなりとも妖しげなもの、合理性を欠くもの、大多数の人と違う状態など、要は、やばいものは、注意深く時間をかけて排除されていった。とても衛生的な都市および人間観のスタンダードが出来上がり、その運動は今も続いているように見える。平準化標準化運動である。一定質量普通であることがみんなに要求される。

野茂英雄のピッチング・フォーム。
イチローのバッティング・フォーム。
どちらも、平準化したら、世界遺産をふたつ失うところだった。

制御しがたい何ものかの力

優れた小説を書き終えた作家が、「途中から、登場人物が勝手に動き出して、自分がどこへ行くのか、何か別の力が書いているような感覚だった。」てなことをよく言う。最近では和田竜が、本屋大賞を受賞した『村上海賊の娘』執筆時にその種の体験をしたと語っていた。
逆に言えば、この状態が起きずに、優れた表現は生まれないということなのだろう。それはあくまで、無意識か。それとも、意識的戦略的に可能なのか。

夏目漱石が『吾輩は猫である』の中で、このあたりのことを書いている。彼は、ここで「逆上」という単語を発明して「狂気」の意味で使っている。

「職業によると逆上はよほど大切なもので、逆上せんと何も出来ない事がある。(略)インスピレーションも実は逆上である。」

筆を執って紙に向かう間だけ逆上させるのが、社会生活上も当然いちばんいいのだが、「まだ誰も成功しない。まず今日のところでは人為的逆上は不可能の事となっている。(略)吾輩は人文のためにこの時機の一日も早く来らん事を切望するのである。」と、言うだけ言って、放り出している。

これは、理科系の方が頻繁に起こることなんじゃないだろうか。
真鍋大度さんが、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)に出演していて、いつものように明け方まで、特に発注されたわけでもないものを試作し続けていた。すぐに何かができるわけではない。けれど、誰かから言われなくたって始めていなければならない。まだこの世にないものを創るとはそういうことだ。彼らのチームが“入っている”時は、近寄りがたく神々しい。

そこに、インタビュアーが、「それって、効率的なんですか? 非効率的なんですか?」という質問を唐突に投げかけた。瞬間、天然なのか、さもなくば、狙いすました質問なのではと買いかぶった。

ここに持ち込みますか、効率を。

ものを考え、創る仕事は、およそすべての仕事の中でいちばん効率悪いに決まっている。なぜなら、やってみなければわからない誰もまだやったことのないことを何とかカタチにしようとする仕事だから。

しかも、狂気だの逆上だのインスピレーションだの、制御しがたい何ものかの力が必要な仕事だとすると、効率からはだいぶ遠いところにある、本質的に。効率どうなんだ的なものがチロチロ飛んでいたら、クリエーティブ的に死んでしまう。

僕たちの仕事が、効率と握手できる瞬間は、ただ一点だけ。

強運と、まあ、能力に恵まれて、結果、圧倒的なものができたとき。それまで、もやもやくすぶっていた課題をいっぺんにクリアして、今まで無関係だった人たちみんなを、まきこむことができる。ここまで行ければ、結果的に、すごく効率がいい。世の中の人、ほぼ全員いっぺんに捕まえちゃうわけだから。

けれど、そこまで行く仕事が、ある種の狂気を宿らせずに実現することはほとんどないのではないか。だからこそ、プラトン先生漱石先生はじめ、高知能体質の諸先輩が、憧れ、何とかそれを自分の創作回路に組み込もうとしてきたのだ。

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