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「ブランド」も「景観」も資産である
ブランドガイドラインをめぐり、「神学論争」をしたことはありませんか?いわく、このロゴのまわりの余白は「先進的」ではない。いわく、このモデルの前髪は「挑戦」というブランド価値に反する。そうした議論は感情的にヒートアップすることも少なくなく、ガイドラインの番人はほんの些細なチャレンジに対して、まるで全人格を否定されたかのように過剰反応します。
ブランドは企業の一資産であるはずですが、不動産や知的財産などのように事務的に管理されることはなく、本邦では時にまるで宗教的な偶像のように扱われます。その結果、ブランドをポートフォリオで管理したり売買したり、という発想から経営者やブランドマーケターが遠ざかることになり、逆にブランドマーケティングの発展が阻害されていると考えます。少なくとも、グローバルスタンダードからは外れていきます。このことを理解するためには、文化的な背景を深堀する必要があります。
20世紀最大の知の巨人、といっても過言ではない文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、親日家という言葉では言い尽くせないほど深く日本文化を愛していました。ブリュッセルで生まれパリで育ったフランス人の彼は、少年時代、画家であった父からプレゼントされた広重の浮世絵版画と恋に落ち、爾来学校で良い成績を取った際は、ご褒美に国芳や北斎をおねだりするようになりました。それだけでは飽き足らず、小遣いを貯めては東洋美術を商う雑貨屋に日本の骨董品を買い求め、部屋を小さな日本に飾り立てては悦に入っていたといいます。
そんなレヴィ=ストロースでさえ、初めて東京の街を訪れた際、無造作に入り組む首都高の高架と無秩序なビル群が、のどかな名の付く川に暗澹をつくる東京の街並を嫌悪しました。外国人でなくても、荘厳なお寺の山門から目と鼻の先に雑居ビルと高速の高架が聳える街並に、時々居心地の悪さを覚えることがあるのではないでしょうか。混沌が産み出すエネルギーのようなものを感じますが、映画のような統一された世界観に耽溺する恍惚はありません。
ニュージーランドの航空会社に努めていた時、よく訪れたニュージーランド南島の街・クイーンズタウンでは、市役所が街の景観をとても厳しく管理しており、知人が目抜き通りに会社の事務所を構えた際、看板の企業ロゴの色を緑色からアースカラーに変えるよう指示されたそうです。美しくユニークな街の景観を「アセット(資産)」とらえているためです。
日本でも京都や鎌倉など一部の観光地では、コンビニの看板が通常のブランドカラーとは違う色だったりしますが、これらは歴史的な街並を「保存する」という意味合いが強く、クイーンズタウンのような新しい街でも、自然の風景と馴染んだ景観を戦略的に創っていく、観光客や移住者、企業を誘致するための「資産を形成していく」という視点は希薄です。
同じことが、企業のブランド形成でも言えないでしょうか。ブランドは事業買収などの際は間接的にではありますが値段が付き、売買の対象となる企業の資産です。日本マーケティング学会初代会長の石井淳蔵先生は、将来ブランドを土地や建物のように時価評価し、バランスシートに組み込むようになる時代が来ると予見されています。しかし、ブランドを資産と捉え売買の対象としたり、投資をしてその価値形成をしていくという姿勢は、日本企業においては未だに希薄です。
ユニリーバやP&G、ネスレのように、ブランド管理能力をコア・コンピテンスとし、食品、日用品、飲料など業種をまたいだ複数ブランドを資産として管理する業態の企業も、日本にはまだあまり馴染みがありません。
ブランドを重視する企業は確実に増えていますし、ブランディングという言葉はもはやマーケティング用語を超えて一般化している感がありますが、我々日本人はどこかそれを念仏のような「実態のない、ありがたいもの」と考えている節がないでしょうか。
「ブランドがないからダメなのだ。逆に、ブランドさえできれば万事解決」とブランドを魔法の言葉のように振りかざした議論を時々耳にすることがあります。ブランドが不動産と同じ企業の一資産なのであれば、先の議論は、「不動産がないからダメなのだ。不動産さえあれば一安心」といったようなおかしな響きを帯びます。
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