終わりから始まりへ
企業が顧客にモノやサービスを売る為のアプローチは、売って「終わり」から、売った後も継続する関係の「始まり」へと変わってきています。これまでも購入してくれた顧客の再購入を目的に、顧客に対して継続的にアプローチを行う企業はありました。しかしこれからのアプローチは、顧客の再購入を目的としたものから、他者への推奨を目的としたものへと変わります。つまり、企業の戦略は、「顧客との関係性のデザイン」という視点が大切な時代へと変わっています。
モノを作って売っている企業であれば、作ったモノを顧客が購入することで対価を得て、アフターサービスを提供することもなく販売した時点で関係が完結すれば効率よく利益を上げることができます。さらに顧客に対して特段アプローチをしなくてもまた顧客が商品を指名買いしてくれる購買行動を繰り返してくれることが究極の理想かもしれません。
しかし、現代の企業は、顧客に対してそのような安易な態度をとることはできません。現代のマーケティングで重要なことは、購入した顧客と継続的な接点を持ち、他の顧客への「推奨」に動いてもらうことを目的としているからです。
企業のマーケティングは、顧客にモノやサービスを売ることにフォーカスするフローから、顧客がモノやサービスを他者に推奨することにフォーカスするフローへと変わってきています。これは昨今のテクノロジーの進化に伴い起きているシフトというよりは、インターネットの普及により顧客の購買行動において、ブランドやサービスを選定するプロセスに、他人の推奨を参考にするというプロセスが加わったことが大きく関係しています。
フィリップ・コトラーが2017年に発行した著書「コトラーのマーケティング4.0 〜スマートフォン時代の究極法則〜」では、スマートフォン時代の新しいカスタマージャーニーを定義しています。
コトラーはスマートフォン以前の時代のカスタマージャーニーを、「接続性以前の時代のカスタマージャーニー」と呼び、そのフローを「認知」「態度」「行動」「再行動」としています。「認知」顧客はブランドのことを知り、「態度」ブランドを好き・または嫌いになり、「行動」買うかどうかを決め、「再行動」リピートする価値があるかないかを判断する、という流れが、一連のカスタマージャーニーであると定義しています。
そして、マーケティング4.0で提唱された「接続性時代のカスタマージャーニー」では、そのフローを「認知」「訴求」「調査」「行動」「推奨」としています。顧客は沢山のブランドのことを知っていて「認知」、少数のブランドにのみ引きつけられ「訴求」、魅力を感じたブランドについて積極的に調べ「調査」、購入・使用し・サービスを受け・交流し「行動」、ブランドに対して強いロイヤルティを持つことでリピート・他者にブランドを勧める「推奨」、というカスタマージャーニーへとアップデートしています。この一連のフローの最も大きな変化は、フローが社会性を持ったということです。
以前のフローであれば、すべての行動はブランドと顧客の一対一の関係で完結しています。しかし新しいフローは、調査段階で顧客は口コミ等のコミュニティの影響を受け、行動段階ではブランドや他のユーザーと繋がり・会話をし、推奨段階では意思を持ち、他人へと推奨していきます。それらの推奨が形成するコミュニティ等が、別の顧客の購買行動における「調査」段階に影響してきます。
つまり、顧客の購買率を上げる為には、調査段階でのブランドの評価を上げなければならず、その為には行動段階の質をあげ、推奨へと変わる率を上げなければなりません。故にブランドは、売ることを目的とした宣伝中心のマーケティングから、推奨への行動変換を目的とした、「行動」の質を上げるマーケティングへとシフトする必要があります。企業が商品やサービスを売るためには、顧客とのよい関係性をつくる行動が重要であり、継続的に「顧客と会話し続ける」ことが重要になっていると言えます。
室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士
新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。
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