目標がタンジブルではないから、成果もわかりづらい
タンジブルではない戦略を、タンジブルな施策に落とし込み、タンジブルではない効果測定で評価する。これが現場で起こっていることです。その限りで言うと、マーケティングやブランディングというのは、高校生にとってのセックスのようなものです。誰もがそれについて話しており、自分以外のみんなはよく知っているようにみんなに見えるけど、実は誰もよく知らない。
ここには二つの大きな問題があります。ひとつは、タンジブルではない、掴みどころがなくはっきりとした答えの出ない議論に、ややこしさゆえあまりに多くの時間と労力が費やされていること。もうひとつは、それを実現するための実行策の効果が正確に測れないため、実務家にとって一番大事な施策の精度がいつまでたっても上がらないことです。
マーケティングやブランディングの使命は、最終的には売り上げを上げることです。ブランドマネージャーというのは、エリアマネージャーが地域での、チャネルマネージャーがコンビニなど販路での売り上げ責任を負うように本来ブランド切りで売り上げ・事業に責任を負う人であるはずです。
評論家なら理路整然としたロジックを立てて、説明責任を果たせばそれでいいかもしれませんが、マーケターを名乗るには施策を実行し、結果責任を果たさなければいけません。フレームワークやコンセプトは、結局説明責任のためだけにあると言っても過言ではありません。コンセプトやフレームワークでいくら遊んでも、結果は約束されません。科学的で確実な検証に基づく施策の磨き込みが必要なのです。
そこで、提案です。マーケティングを、まずシンプルでタンジブルなところから始めてみませんか?もちろん、最終的な理想は、上で議論したような深みにまでブランドを深化させることです。それを諦めろ、と言っているわけではありません。しかし、そこに到達する前に、まずはタンジブルなことに限定して施策を組み立ててみる。
具体的には、マーケティング活動の対象とゴールを、以下のようにして見るのです。
<対象>
それを少しでも買う可能性のある、できるだけ多くの人
<実現すること>
商品を
1. 知っている
2. 候補に入れている
3. なんか好き
になってもらう。
これだけです。これなら全て「タンジブル」ですよね?戦略の議論は「いったん」これで終了です。あとはこれを実現するための施策を考えます。そして、効果測定は、できるだけ多くの人、というところでリーチを調査し、そのリーチした人たちについて上記の1,2,3を調べてみる。知ってる、候補に入れてる、なんか好き。これだったら答える方もタンジブルに理解できます。科学的で確実な検証が可能です。
こうすることで、ゴールこそ限定されますが、そのゴールに対して本当に効果がある施策が見えてきます。マーケティング実務家なら誰もが共感してくれると思いますが、これはシンプルでタンジブルではあるものの全く簡単なことではないので、それを実現するための施策の磨き込みは一朝一夕ではできません。
ここを細かく、科学的に実行し、検証していくには相当な時間と労力がかかるでしょう。でも、つかみ所のない戦略の議論に時間を使い、その答え合わせもできない状態が続くよりは、はるかに有益な時間と労力の使い方になるはずです。何より、確実に結果がついてきます。
上記の1.2.3について、一般消費財であればそれで十分かもしれないが、嗜好品や高級商材ではもっと深いブランド戦略が必要だ、と考える方もいると思います。おっしゃる通りです。しかし、高級商材や嗜好品においても、これらはブランド構築に必要な共通基盤です。まずはここをしっかりと築き、しかるのちにまだ余裕があるのであれば、「利用者との約束」やらなんやらを構築していけばいいのではないでしょうか。
ブランドは利用者のなかに自然と立ち上がるもの
実際のところ、ブランドイメージというのは利用者始めステークホルダーの心中に、自然に立ち上ががるものだと私は考えています。マーケター側で自分たちのブランドのパーソナリティーなりなんなりを考えて、それをある意味「押し付ける」ことには無理があり、1.2.3が実現できたらマーケティング・ブランディングはここで終わり!と言ってしまっても良いと考えます。それでも自然とブランドはつくられます。
高校生が「偉大な医者になりたい!」と思ったとき、いきなり「消化器科」なり「泌尿器科」なりの専門分野を決めるのはちょっと難しいですし、例えば世界一の泌尿器科医になるんだ!と無理やりに決めたとして、そのために、今と将来、何をしたらよいかはもっと分からないでしょう。
まずは、何にせよ医大に入学しなくてはいけないので、○○医大合格!などという「タンジブルな」ゴールを設定し、それを実現するために全力を尽くすのが賢明です。予備校を選んだり、自分なりの勉強方法を確立したりに時間と知力をフル活用します。限られた受験期間に「消化器科か泌尿器科か皮膚科か」で悩み続けたり、偉大な泌尿器科医になるために著名な英語論文を読み漁ったりしている高校生は、志高く見上げたものではありますが、まずおそらく医学部に合格できません。
愛を語るより口づけを交そう!ここまで読んでいただいた皆さんは、もうアラフォーではなくてもこのタイトルにピンとくるのではないでしょうか。書を捨てよ、町に出よう。なんでもいいです。日々繰り返している議論が「タンジブルでない」と感じたら、いったんそれをいったん忘れてみませんか?
井上大輔
アウディジャパン/メディア&クリエイティブマネージャー
ヤフーでプロデューサー、ニュージーランド航空、ユニリーバでデジタルマーケティングの責任者を歴任し現職。advertimesコラムニスト。
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