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コラム

好奇心とクリエイティビティを引き出す「伝説の授業」採集

12時間目:スイスのビジネススクールで、大縄跳びを10回跳ぶ。

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【前回コラム】「11時間目:「今日安藤忠雄さんいらっしゃるから、柏餅作って」田中一光デザイン室での出来事。」はこちら

(イラスト:萩原ゆか)

持つべきものは先輩である。

ご馳走してくれるから、という理由は基本的にあるとして。それに加えて、食べながら、いい話をしてくれるからである。そしてそのいい話には、多分に教育的要素が含まれていることが多い。

というわけで今回は、先輩から教えてもらった話。

時は2011年3月4日。場所はスイスのローザンヌ。日本から遠く離れたこの美しい小さな町で、寿司をご馳走してもらいながら聞いた「伝説の授業」について。

先輩の名前は、残念ながら匿名希望ということで、ここではT先輩としておく。高校のバスケ部の先輩であり、同じ大学でもあり、そしてなんと同じ会社に勤めたという3つの場所で先輩という、もう逃れようのないまさに人生の先輩である。

学年は4つ上で、僕が中1の時に先輩は高2。中高一貫だったため同じコートで練習し(ちなみにこの連載の10回目に紹介した佐賀県の弘学館高校)、慕って寮でも部屋に遊びに行っていたりしていて、卒業される時には寂しくて涙をこぼしたりもした。まさかその後、同じ大学&会社でここまでのお付き合いになるとは思ってなかったし。

時は流れて2011年。出張でジュネーブに行くことになり、ついでにリサーチのためにローザンヌにも足を伸ばすことになった。ちょうどその頃、まさにそのローザンヌのビジネススクールにT先輩が留学されているではないか。これは奇遇。連絡しよう。いや、素通りしたのがバレたら絶対怒られる。

指定されたカジュアルな寿司レストランで、T先輩と会う。同じ会社といえども、部署が違えば、なかなか会うこともないから、数年ぶり。

「まさかこんな所でお前と会うとはなあ」

会う場所が変われば、話す内容も自然と変わる。それが、楽しい。何の仕事で来たの?最近どうよ?って話を振られた後で、先輩がこっちで何を学んでるか?の質問してみたところ…。

ビジネススクール=なんだか難しげで硬そうというイメージでこっちは構えてる中で、意外な答えに、完全に意表を突かれることとなる。

「グループで、大縄跳びをさせられてさ」

「は?縄跳び?」

「リーダーとか決めずに、どのチームが一番か競わされんの。で、全部ビデオ撮られてて、うまくいかない時に俺が下向いてつぶやいてるのを見て『Tさぁ、地球に向かって言ってもしょうがないだろ?』とか言われてさ」

そしてホテルに帰って、すぐに「伝説の授業採集」リストにメモる。大縄跳びでリーダーシップを教える授業、と。

ローザンヌで再会した夜、寿司をオーダーするT先輩。大縄跳びの授業の話が飛び出す直前の一コマ。

改めて今、その授業の詳細を、現在インドに赴任中のT先輩に聞く。スイスの話を、10年越しで。

以下、東京 ― ニューデリーをzoomで繋いでやり取りした記録。

T先輩:「スイスに倉成が来たのって、確か、くそ寒い、まだプログラム始まって結構初期の段階でさ。面白い不思議なことをやった衝撃があったから、話したんだよね。大縄跳びの話を。」

倉成:「こっちも、衝撃があって、即メモりました」

T先輩:「1クラス90人いてさ。46国籍だったかな、世界中から集まってきてて。そのこと自体が日本人的には結構驚きなんだけどさ。

最初10個くらいのグループに分かれて、グループワークするんだよね。その一環として、アウトドアエクササイズという1日があって、その中のプログラムの1つが、大縄跳びを回すってやつで。

すげー長ーい縄が置いてあって、10回跳びなさい、みたいな。そんだけ」

倉成:「言われるのはそれだけですか?」

T先輩:「グループ全員で跳べと指示を出されて、みんなで、どうする?って話し合うんだけど。結局時間は計られてて、グループ間の競争なのね。だからさっさとやんなきゃいけないってのはある。他にもその日は色々アクティビティーあって、最後に総合点でここ優勝、ここ3位って順位が出る、という競争。

ただポイントは。カウンセラーがついてて、ビデオ撮ってるの」

倉成:「カウンセラー?」

T先輩:「リーダーシップのカウンセラー。その人がずっとビデオ撮ってて、夕方終わったら、はい、今日のビデオです、って渡される。

夕方6時とかに終わって、結構ヘトヘトなわけよ。スイス寒いし。見てもいいよ、見なくてもいいよ、と言われるんだけど、せっかくやったんだし見といた方がいいんじゃない?って、みんなでビデオを見るわけだな。で、あーだこーだ言い合う。

縄跳びについて言うと、最初俺たちのチームは二重にしたのね。紐が細すぎてふにゃふにゃだったから。じゃないと跳べないな、と。でも二重にしたら、どう考えても短いわけよ。

短いんだけど、みんなそれでやろうとしてるから『いやいや、俺らみんなここに入るわけじゃん?でも、短いじゃん』って言いたくて、本当はみんなに向かって『This is too shortだからさ、元に戻そうよ』って言わなきゃいけないところを、これが日本人的というか、俺が下向いて縄に向かって『This is too short』って3回くらい言ってるのがビデオに写ってて。これがこっぱずかしいわけよ。

『なんでTは縄に向かってtoo shortって言ってるわけ?』『なんでって言われてもなあ…。うーん、みんなに気づいて欲しかった』とか言って。

実際の現場では、俺がそんなこと言っているうちに、みんな短さに自然と気付いて伸ばして跳んで、結局ことなきを得たんだけど、ビデオを見て振り返りながら『お前気づいてたのになんで早く言わないんだ。』『それ、もっと早く言えばさ、もっと早くできたのに』『そうなんだけど…』と言い合う、っていうのが授業」

倉成:「はぁ…面白い。縄跳び以外にはどんなのがあったんですか?」

T先輩:「みんな目隠しされて、長ーい20mのロープ渡されて、見えないままみんなで持って、これで正三角形を作りなさいと言われるとか。見えない中で英語で指示を出し合わなきゃいけないから、これが難しい。あとは、綱から綱を渡っていくのをグループ全員でただやる、単純なアスレチックみたいなのもあったな。優勝したのは元軍人がいたチーム。イギリス人でね。女王陛下のために働いてました、みたいなね」

倉成:「アウトドアエクササイズって何のためにあるんですか?」

T先輩:「いい質問だねぇ。全体としてはリーダーシップっていうプログラムの一環なの。アクティビティーを通じて、グループがどうやってできるか?グループの中で自分がどう行動するか?をビデオに収めてみんなで協議する。

今でこそリーダーシップの言葉の定義って広く捉えられているかもしれないけど、2011年頃はリーダーシップ=カリスマ経営者みたいなイメージだったわけ。でも俺が行ってたスクールが言うリーダーシップって、セルフアウェアネス=自己に対する気づき、みたいなこと。自分自身は組織の中でどう振る舞うべきなのか、自分自身はどう自分のリーダーであるべきなのかということや、グループダイナミクス(集団力学)ってどういうものなのかを突き詰めていく。プロセス全部がリーダーシップに紐づいてる」

倉成:「リーダーシップで他に面白かったのは、どんな授業が?」

T先輩:「これも直接的にリーダーシップではないんだけど、インテグレーテッドエクササイズっていうやつがあってさ。

木曜の晩にブリーフ出されて、金曜日の朝に中間報告、土曜日の朝イチに最終プレゼンする。

すごく今も覚えてる。3月10日の夜だったから(翌日が東日本大震災だったから)。課題は自動二輪をバングラディッシュのルーラル(=田舎の)マーケットかアーバンマーケットに売るのか、その参入戦略を書けっていうプレゼン。お題としては、新規新興市場の参入戦略を考えろ、ということなんだけど、一方で、そのプロセス自体、つまり、寝ないでプレゼンをやる過程自体が、それ以上に学びであり。

眠くなるとみんな機嫌悪くなる。でもなんとかしなきゃいけない。それ自体を通じてグループダイナミクスを学ぶ。

ストラテジーとかファイナンスとかを総合的に提案すること自体も、もちろん授業でもやってることだから集大成的な意味合いであるけれども、それ以上に短期間の中でのグループワークを通じてなにか学びなさいってのが、後から考えると、うまく組まれてたなと思う」

倉成:「なるほど〜。先生は誰なんですかそれ?」

T先輩:「リーダーシップっていう単元の教授もいるけど、MBAプログラム全体のディレクターが授業をマネージしていく。追い詰めて、ちょっと緩めて、みたいに。

ファイナンスも、マーケティングも、各学部それぞれが、こいつをどういう風にリーダーとして一人前にするのか、こいつのセルフアウェアネスをどうするのか、みたいな感覚を持ってると思う。

アカウンティング(=企業会計)の授業でもさ、いきなりテストとかやってた。『今日はお前たち疲れてるみたいだから、プレゼントをやろう』とか言われて『わーい!なんですか?!』って言ったらテスト用紙が配られるみたいなさ。そういう追い詰められ方をしてね」

倉成:「なんで、そんな遊び心があるのかなあ?アクティビティーを通じて、自分が気付くように設計されてるのが面白いですね」

T先輩:「それはおっしゃる通りだね。この学校では、リアルワールド、リアルラーニングって言ってて。現実世界で起こってることを通じてしかリアルなラーニングはないわけだしさ。その上で、セルフアウェアネスとか自分に対する認識にフォーカスする」

倉成:「超共感します。ちなみに、僕が初めて聞いたときは『地球に向かって言うな、みんなに向かって言え、って言われてさ』って聞いて、面白いって思ったんですが、縄に向かって言うな、だったんですか?地球だったんですか?」

T先輩:「縄か地球か。まあ下向いて言ってる先は同じよ。しかし10年後にこんな振り返りをさせられるとはね」

倉成:「ちなみに先輩の、全体を通じての一番の学びはなんでしたか?」

T先輩:「まずは月並みだけど、世の中にいろんなやつがいるなっていうこと。

そしてリーダーシップについては『Put your foot in her/his shoes(その人の立場になって考えろという意味の慣用句)』ってよく言われるけど、結局そういうことかなって。

組織って、人間が動かしてるもので、人間の感情というもので、いろんなところがすごく動いてる。

今こいつ機嫌悪いから動き悪いんだなとか、あるじゃない。こいつ俺らのグループ出し抜いてでも新しい仕事取りにいってるんだな、だから気まずい空気流れてるな、とか。

当たり前のことじゃん?仕事してればさ。だけど、それを意識して考えることによって、そうかなるほど、だからこいつはこういう風に動いてるんだなって、引いて見て、じゃあこういう風にボタンを押したほうがいいんだろうなと考える。そんなことが、ちょっと意識的にできるようになったかな」

倉成:「スイスから帰ってきて、どこにいらっしゃったんでしたっけ?」

T先輩:「スイスの後は、東京 ― ロンドン ー インド」

倉成:「現場に役に立ったエピソードって何かありますか?」

T先輩:「全体としては、ちゃんと発言はするようになったよ。インドに来てからはさ、特に。言わなきゃいけないとこはちゃんと言おうね、みたいなところは。

こないだ、実施予定のあるプログラムについての説明を、コンサル会社から受けたのね。『これが実現したらすごい効率上がって、新規のビジネスがうまくいく』と。で、質問した。

『How do you measure the success of this program? どうやってこのプログラムの成功を測るの?』って。こんなバカバカしいこと聞いていいのかなって思ったんだけど、地球に向かって呟くんじゃなくて、ちゃんと聞いてみようと。

そしたら相手が答えられないんだよね。そのやりとりに、みんなもそうそう、そもそもこれってやんなきゃいけない話なのって乗っかってきて。『大義名分がないのに、どうやってこれが成功か成功じゃないかってわかるの?』とか『測れなきゃいけないんじゃないの?』って、みんなの中で議論が深まることがあった。

馬鹿な振りして聞くって俺苦手なんだけどね。でもまあ、こうやって、言いたいことは言うようになったかな、昔より」

ローザンヌに立ち寄ったそもそもの理由。それは、epfl(ローザンヌ工科大学)とecal(ローザンヌ美大)が作った「epfl + ecal lab」という共同研究室があり、工科大と美大のコラボ、つまりテクノロジー×デザインのアプローチで生まれているものを、テクノロジーヘッドのGavriloに見せてもらうためだった。

epfl + ecal labにて。グラスファイバーや圧縮木材の可能性、ARなどについての研究の成果を見せてもらった。

そして、そのGavriloが連れてってくれたのが、epflの敷地内にできたばかりのRolexが寄贈した図書館「ロレックスラーニングセンター」。日本人建築家ユニットSANAAが設計したから、日本つながりということで。166m × 121mのとてつもなく大きなオープンなワンルームで、コンクリートでできた人工の丘でエリアが区切られている。入った瞬間「うわあ、21世紀だ!」と思い、ここを出てからしばらくは、他の建物があまりにも普通に見えてならなかった。

のちに機会があってSANAAの西沢立衛さんに、なぜこれを思いついたのかとインタビューしたら「ここにはノーベル賞を取りたくて来てるような学生がたくさんいるから、オープンで高低差があって、自然と色々と目に入るようにすることで、発明が起こる装置を作ろうと思った」と仰っていた。

ロレックスラーニングセンターの、仕切りのない丘みたいな空間で、リラックスして思い思いに時間を過ごす学生たち。

リアルワールド、リアルラーニング。1つのことを学ぶにもそのアプローチは本当に多様にあるということ。

そのことを先輩にローザンヌで会う直前の午後に濃く体験して、極め付けとして、夜に寿司を食べながら、伝説の縄跳びの授業を教えてもらって。さらに10年後にこうやってリモートでまた深く学ぶことができて。

やはり持つべきものは先輩。と、冒頭の言葉に至るわけです。

なかなか出歩きにくい昨今。今こそ改めて。皆さんも先輩から聞き出して見てはどうでしょうか。もちろんご馳走も、お願いしながらね。