コラム

“裏取りのプロ”テレビリサーチャーが語る『ファクト・フルネス』と『コンプライアンス』

最終回! 機能するコンプライアンス・チェック体制をつくるヒントを教えます

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【前回】「コンプライアンスに役立てよう!「情報を扱うプロの3原則」」はこちら

テレビリサーチャーで明治学院大学国際学部付属研究所研究員の高橋直子です。本コラムも今回で最終回となります。これまで読んでいただいた読者の皆さま、ありがとうございました。

最終回は、コンプライアンスを確保するチェック体制のヒントをお話ししたいと思います。その前に……。

フォード・エドセルの失敗劇 その敗因はマーケット理解の不足

みなさんは「自動車のタイタニック号」と揶揄された、エドセルというクルマをご存じでしょうか?かのフォード社で起こった失敗劇——アメリカのマーケティング論では「教科書に出てくるような典型的失敗例」といわれている事例ですが、もう60年以上も前のことなので、「エドセルなんて聞いたことない」という方も少なくないかもしれません。

1957年、フォード社は、それまでのどの車種よりも多くのコストと時間をかけて研究開発と消費者調査を行い、大々的な広告キャンペーンを展開して、エドセルを発売しました。

エドセルがショールームに展示されたのは同年9月。その数カ月前から「エドセル登場」と、いわゆるティーザー広告(販売前にメッセージ内容を伏してじらす広告)戦略をとり、広告に写真を掲載せず、ディーラーにも新車にカバーをかけておくことを要求して、世間の関心を煽りました。実際、世間の関心は大いに高まりました。しかし、満を持して発売されたエドセルは、消費者の目には、宣伝されていたほどのクルマには見えなかったのです。史上初めての自動調整機能付きブレーキや電動式フード開閉装置、中クラスの車種にしては高馬力なエンジンを備えていても、売れ行きは芳しくなく、エドセルはフォード社に莫大な損失をもたらしました。

エドセルの失敗は、マーケットの現実に目を向けなかったことが要因です。研究開発と消費者調査に多大なコストをかけたのに、それらは活かされなかったのです。例えば、特徴であった斬新なデザインは、その当時のクルマに対する消費者のイメージに合っていなかったため「不恰好」といわれてしまいました。発売時期も悪く、実態以上に「高い」というイメージを与えてしまいました。また、ネーミングも、煽りすぎた広告も、失敗の原因となりました。

フォード。ベルトコンベア式組み立てラインを導入し、自動車の大量生産を可能にした。そんな同社にも失敗劇があった……。©123RF

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