コラム

競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」

美しい提案なら負けても良い? コンペの「軌道修正」を阻む要因

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このコラムでは、競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」と題し、コンペで安定した結果を残すためのスキルをシェアします。これまでは、コンペのお題に直接答えるための「キラースキル」もさることながら、勝つ環境を整えるための「アシストスキル」が勝敗を左右するという話をしました。第5回の今回は「軌道修正」にまつわるアシストスキルについて詳しく解説します。

【クイズ】防衛戦で負けたのはなぜ?

これは実際に私が経験したコンペの話です。企業名は伏せますが、このケースを読んで、A社が犯したミスが何だったのか、少し想像してみてください。

とある製薬会社の競合のお話。縮小が続くカテゴリ。新規顧客がどんどん減っており、製品使用者も高齢化していた。抜本的な改革が必要とのことで、コンペを実施することに。A社は既存代理店の立場であり、ライバル社に比べると、市場のこと、クライアントのことは、かなり理解している。オリエンでは、ターゲットを若返らせることと、広告表現を刷新することを告げられた。

大きな表現改革を望むクライアントの要望に答えるべく、A社は新しいスタッフをメンバーに迎え、これまでにない、新しい広告表現を提案する方針を固めた。途中、クライアントに何度か質問会を実施。8割ほど出来上がっていた戦略部分をクライアントに見せつつ「これまでと大きく変える」という提案の方向性に関して間違っていないことを何度も確認。既存代理店ではあるが、過去の資産にしがみつくことなく、攻めて勝つという作戦で本番を迎えた。ところが、結果は敗退。

【答え】質問会で相手の本音を見抜けなかった

オリエンで伝えられた「抜本的な改革が必要」「ターゲットを若返らせる」「広告表現を刷新する」「大きく変える」という方針を信じ、そこに応える表現案を提案した。ところが結果は「ジャンプしすぎ」「既存顧客が離れる」「ブランド資産が失われている」という評価だった。

要は「どの程度のジャンプをするか」がひとつの争点だったのだが、質問会を経ても、その距離感についてのクライアントの本音を見抜けなかった。

ジャンプの高さを見極めるのは難しい

コンペで判断が難しいことのひとつに「現在からどれくらい変えるか」というテーマがあります。コンペである以上、何かを変えるために開かれます。現在の広告そのものであったり、ブランド戦略であったり、体制であったり。問題は、どの程度のジャンプ(変化の距離感)が適切なのか、その基準が見えにくいことです。

これをクライアントに直接質問すると「抜本的に変えたい」「大きく刷新したい」という威勢の良い答えが返ってきます。でも、それを鵜呑みにすると「こんなに変えるつもりはなかった」「ブランド資産がなくなってしまう」と言われて負けることもあります。

挑戦者の立場のコンペなら、現行体制を否定し、思い切って新しい提案をする意思決定は容易なのですが、問題は、王者である場合です。業界最大手、インクライアントシェア1位、現行代理店ならではの悩みと言っても良いでしょう。これをコンペの初期段階で見極めるのは、実際問題、かなり難しい。そこで、ある程度の提案の具体が固まってきた段階で「質問会」という形でクライアントにぶつけて反応を見る、という方法をとります。

どれくらいジャンプするべき?

軌道修正のきっかけ「質問会」の効果を最大化しよう

コンペ仕事も中盤に差し掛かり、だいぶ提案の全体像も見えてきた頃です。提案の中身はだいぶ固まってはいますが、まだ、ある程度の修正は効く時期です。そんな時に行われる「質問会」という場。あまり頻繁にやり取りしてくれないクライアントと会話できる、貴重な機会です。質問会をどう活用し、適切な軌道修正を行えるかが、勝敗に大きく影響します。

質問会という名前ではありますが、本当に「質問」だけで時間を使うことはやめましょう。聞けば答えてくれる質問は、電話やメールで事前に済ませておけば良いからです。質問会は「0次提案」と心得る。まずはスタッフを売り込み、提案への期待を作りましょう。よく本番のプレゼン冒頭で、スタッフの輝かしい経歴や受賞歴を披露することもありますが、クライアントは全く聞いていません(笑)。 スタッフ自慢をしたいなら、ここで済ませておきましょう。

そして、真の目的は「軌道修正のヒントを得る」ことです。「わからないことを聞く」のではなく「軌道修正の方向性や距離感を確認する」のが狙いです。その確認を「質問」という体裁で行うのです。

リーダーは修正可能なタイミングを見極めよ

当然ですが、軌道修正のヒントが得られても、修正が間に合わなければ意味がありません。質問会の実施タイミングは、慎重に見積もりましょう。そして質問会を経て、もし、現在の方向性に勝ち筋がないと判明したら。もし、多大な労力を割いても修正すべき事案が発生したら。その時は、リーダーが鬼の決断をしなければなりません。「損切り」ができるかどうかは、リーダーの重要な資質です。メンバーから嫌われる覚悟で頑張るしかありません。

時々、今の方向性に勝機が見出せなくなっても「(きっと)今の方向性で大丈夫(なはずだ)」と、見て見ぬ振りをする人もいます。これは「正常性バイアス」といって、何か危機的な状況に直面した時の、心の防衛本能です。正常性バイアスを完全になくすことはできないので、まずはこの心理作用があることを意識して、自分たちに都合よく判断や評価をしないことが大事になります。

「もったいない」から止められない?

また、修正の決断を阻害するものとして「サンクコストバイアス」にも注意が必要です。「サンクコスト(埋没費用)」とは、既に発生しており、将来的に回収できる見込みのないコストのことです。そして、サンクコストに気を取られ、合理的な判断ができなくなる心理傾向のことを「サンクコストバイアス」や「コンコルド効果」と呼びます。わかりやすく言えば「今やめるのはもったいない」心理のことです。

投資したお金が惜しくて、下がっている株の損切りができない。ラーメン屋の行列に並んだ時間が惜しくて、お腹が空いているのに、別の店に変えられない。つぎ込んだ時間とお金が惜しくて、ソーシャルゲームがやめられない。つまらないコラムでも、ここまで読んでしまったので、全部読まないといけない気がしてしまう(笑)。例を挙げればキリがありません。人間はどうしてもサンクコストに囚われる生き物のようです。

軌道修正をする際に、このサンクコストの存在は、百害あって一利なしです。コンペでは、勝てるかどうかが全てです。どれだけ手塩にかけて、時間と労力をかけて考えてきたアイデアであっても、それが勝利に貢献しないのであれば、手放さないといけません。サンクコストバイアスによって誤った判断をしないためには、既に費やした費用や時間をもったいないと思わず「過ぎた過去」だと割り切ることも大切です。勝てない方向性にいつまでもしがみつくのではなく、さっさと見切りをつけて、可能性のある方向に少しでも進むべきなのです。

負けるとわかっていても育てたアイデアは手放し難い

「考え方」より「具体」を当てる

そしてこれが最大のポイントなのですが、軌道修正のヒントを得るために、クライアントに何をぶつければ良いのか。それは「考え方(課題設定/戦略など)」ではなく「具体(表現/施策など)」であるべきなのです。基本的に「考え方」を当てても、クライアントは「そうですね(同意)」としか答えません。オリエンでそう伝えましたし、間違っていませんよ、と。なぜ同意の返事しか返ってこないかというと、課題設定や戦略は、極めて抽象度が高いからです。むしろ当てるべきは「具体」です。なぜなら、具体的であるがゆえに「イメージに合っている/ずれている」「好き/嫌い」「良い/悪い」が、如実に反応に現れるからです。具体を当てることで引き出される意見こそ、クライアントの本音です。オリエン時には言語化されていなかったイメージともいえます。考え方より、具体を当てる。そうしないと真の答えは引き出せないのです。

ネタバレは悪いこと?

具体をぶつけようという話をすると「ネタバレ」を気にする人が必ず出てきます。提案本番でのインパクトがなくなる。新鮮さが失われ、提案の心象が悪くなるというのが、主な理由です。

確かにネタバレの悪い面はあると思います。ですがそれは、かなり古い感覚のような気もします。こと広告業界の場合、提案の一番大事な部分は、具体的な広告表現案だった時代がありました。ゆえに、プレゼン当日の鮮度や、初見の印象、心が動いたかどうかが、勝敗に強く影響したのも事実です。そのような場合は確かに、事前のネタバレは悪いことだと思います。

しかし昨今、広告表現だけで勝敗が決するコンペは、少なくなっています。戦略と表現の一貫性、緻密なカスタマージャーニーなど、全体設計として優れているかが、勝敗を分けるようになってきました。そうなるとクライアントも、プレゼン当日の鮮度や印象だけで、採用社を決めるという判断は行わなくなります。むしろ、じっくりと時間をかけて提案を理解し、比較検討するようになります。

だとすると、具体をぶつけて、その方向性や良し悪しを確認し、軌道修正のヒントが得られる方が、メリットがはるかに大きいというのが、私の意見です。ネタバレして多少のデメリットがあっても、それを遥かに上回るメリットを得られるのです。

リモートワーク時代のネタバレ事情

しかも、昨今のリモートワーク環境では、プレゼンの前に企画書を送付しておくことが増えています。そうなるともう、事前のネタバレはあって当然。いくら質問会で隠しても、こちらの意図とは関係なく、提案前にネタバレしてしまうのです。そんな環境が一般化している今、むしろ重視すべきは、プレゼン当日の鮮度よりも、提案内容に対するクライアントの本質的な理解を促すことです。そういう意味でも、相手の真意を見抜くために、ぜひ勇気を持って「具体」を当ててみることをオススメします。

「甘美な正論」が思考停止を招く

提案の軌道修正を検討している段階で、私が気をつけているのは「自分たちが正しいと思うこと(=市場や生活者にとっての正解)をぶつけましょう」という言葉です。この正論には、なんとも抗い難い甘美な響きがあります。なかなか正解がわからず、判断基準がない場合、ついこの言葉にほだされてしまうのですが、注意が必要です。なぜなら、これは典型的な思考停止ワードだからです。

市場や生活者にとっての正解(=自分たちが正しいと思うこと)と、クライアントにとっての正解は、相反するものではありません。むしろ、それらを両立させる提案を、クライアントは求めています。誤解を恐れず言えば「自分たちが正しいと思うことをぶつけよう」と言った瞬間に、正解の追求を諦めているのです。かっこ良い言葉ではあっても、勝利を導く言葉ではない。そんな「甘美な正論」が出て来たら、思考停止のサインです。最大限の警戒を。

脳は正論が好き?

余談ですが、なぜ私たちは甘美な正論にほだされてしまうのでしょうか? 実は、人は「醜く勝つ」よりも「美しく負ける」ことを好む傾向があるといわれています。

2018年のFIFAワールドカップでの出来事です。日本は決勝トーナメント進出を決めましたが、その際、日本は対戦相手のポーランドに対し「1点差をキープしてわざと負ける(負けているのに積極的に攻めない)」戦い方を選択しました。実はその裏には、同時刻に行われた、同グループのもう1試合(セネガル対コロンビア)の結果次第で、グループ2位通過が決まるという判断がありました。無理に攻めて逆に失点を重ねるよりも、1点差でわざと負ける「他力本願」で突破する選択をしたのです。

ところが、この戦い方に、世界中から批判が殺到しました。スポーツやビジネスでは、勝つことは目的であり正義であり、ルールに則っていれば、最も追求すべき「善」だと考えられます。しかし「醜く勝つよりも、美しく負ける方に価値がある」という考え方は、人間の中に強く存在するようです。

脳科学者の中野信子氏によると、「善悪」と「美しさ」が、脳で混同されることがあるそうです。「善悪」と「美しさ」は、理屈の上では全く別の独立した価値なのですが、それらを感じる脳の領域は隣接しているらしく、脳の中では混同されやすいことが、研究で示唆されています。

つまり、そもそも人間の脳の性質として「醜く勝つよりも、美しく負ける方に価値がある」という考え方に傾きやすい、ということのようです。ビジネス上の善悪=勝ち負けと、美しさ=美学を混同しないよう、注意が必要です。

いかがでしたでしょうか?
勝つ環境を整えるアシストスキルの1つとして「軌道修正」が重要。人の本能を理解することで、適切な軌道修正を行いましょう、というお話でした。

この連載も残すところあと2回。次回(7月12日掲載)は、「企画書作成&プレゼン」をテーマにしたアシストスキルについてお話しします。


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