【前回】「第7回 SNSを使って話題を呼ぶ、73歳の寿司職人「鮨ほり川」(後編)」はこちら
※本記事は、2021年1月に取材した内容を記事化したものです。ご感想などはこちらから:『嶋野・尾上の「これからの知られ方」』へのお便り
ヒゲの男ふたりでプリンを食べてきました
尾上
:また、前回から時間が空いてしまいましたね・・・申し訳ありません!
嶋野
:このままだと、「こち亀」の四年に一度の人みたいになるところでした。
尾上
:日暮ですね。ずっと寝てるエスパー警官で、オリンピックの時だけ出てくるのですがとても人気なキャラです。
嶋野
:4年に1回なのにすごい・・・。やっぱり人間の認知って、満遍なくやる人より、1つ強烈なものを持ってる人の方が強いのかもですね。
尾上
:はい、そうだと思います。われわれが取材に伺ったこの喫茶店も、まさに唯一無二の存在感でした。
嶋野
:すごかったですね。世の中の「懐かしい」という感情を、かっこいいレトロに再構築していて。ある意味で外国人が描く日本の象徴のような違和感が、いい意味で効いてて。
尾上
:こんなかわいくてオシャレな空間に、ヒゲの男ふたりでいきましたよね。
嶋野
:ナポリタン食べて。プリン食べて(笑)。おいしかったです。
尾上
:うまかったですね。では、このときの取材の様子をどうぞ。
ヒップホップのサンプリングの考え方でできている
嶋野:「不純喫茶ドープ」という店名がまず魅力的ですが、この名前はどう考えたんですか?
井川:「不純喫茶」の方からざっと説明すると、まず喫茶って、もともとコーヒーだけ出す店から始まっているんです。そこから歴史の中で女性が接客をしてお酒を出すようになり、どんどんキャバクラ化していったんですよ。で、キャバクラ化していく流れと普通にコーヒーを出すお店が二極化していった時期があって。それでキャバクラ化してた方を「特殊喫茶」と呼んで、コーヒーだけ出す店を「純喫茶」と呼ぶようになったんですよね。
尾上:「純喫茶」ってそういう意味だったのか!なるほど〜。
井川:で、そこからの再逆説的に、お酒は提供するけど接客をしない「不純喫茶」というワードが出てきました。そして「ドープ」には2つ意味があります。英語の言葉(dope)は不純物みたいな意味で喫茶メニューに酒が入っていることを表しています。また、ヒップホップのスラングではやばいよね、クールだよねみたいな意味もあり、その2つが掛け合わさっています。この場所でもともと経営していた喫茶店の名前が、「純喫茶じゅんじゅん」なんですよ。だから、「じゅんじゅん」からの、「ふじゅんふじゅん」みたいな感じにもなっている。
尾上:ヒップホップ的な考え方がいつも根底にあるんですか?
井川:ただ単純にヒップホップが好きなんです。サンプリング文化だったり、文脈回収、伏線回収みたいなところとか昔あったイケてるものをフックアップするみたいなところが。その辺は、お店をつくる時にもすごく大事な要素として捉えています。
嶋野:喫茶じゅんじゅんからスタートしたというのが、すごく運命的ですね。もともとの店名がそこにあったっていう。狙ったわけじゃなく、そういうお店の成り立ちや喫茶の歴史をうまく取り入れて、まさにサンプリングしていった。
井川:そうですね。社名は「ワックワッククリエイティブ」なんですけど、「ワック」ってスラングでダサいっていう意味なんです。本当は価値があるんだけど埋もれちゃったものを、我々の色を少しだけ足して、ワクワクするものに創造していきましょうというコンセプトで。
不純喫茶ドープの空間は純喫茶じゅんじゅんの居抜きなんですけど、それも40 年続いた純喫茶の空間がめちゃくちゃかっこよかったから。こんな空間を一からつくるってなかなかできない。実際に我々が手を入れたところはほとんどなく、食品サンプルを飾ったり、ネオンをつけたりぐらいで、ほとんどそのままです。
嶋野:過去の文脈や歴史をちゃんと生かしてあげて、そこに光を当てるということですね。
井川:そうですね。
嶋野:お店の「せつない気持ちのゴミ捨て場」ってキャッチコピーもすごいチャーミングですよね。
井川:ヤバいですよね。私が高校生の頃にくらったワードをサンプリングさせていただいてます。本当は言いたいことはたくさんあるんですけど、わかる人にはすぐわかるところなので、あまり私からああだこうだ説明はしていないです。各々好きに解釈して楽しんでもらえたらうれしいですね。
ターゲットや年齢層のことはぶっちゃけ意識していない
嶋野:井川さんは「不純喫茶ドープ」のほかにも、「トーキョーギョーザクラブ」「不健康ランド」など複数のお店を経営されています。新しいお店をつくるとき、「世の中のニーズや現代のお客さんの市場ニーズ」などをどれくらい意識しますか?
井川:ぶっちゃけあまり意識はしていなくて、このターゲットや年齢層を狙おうとはあまり考えてない。ただ「トーキョーギョーザクラブ」で言えば、20〜30代がめっちゃ行く餃子屋ってぱっと出てこないな、そういうユースカルチャー向けの餃子屋にしよう、ぐらいざっくりしたものはありました。自分がこういうのほしいなっていうのをつくっています。
嶋野:小川町で若者向けのビジネスって普通はなかなか選べないですよね(編集部注:現在は十条に移転)。
井川:昔ながらのビジネス街なので、普通に考えたら若い人向けのお店は出さないですよね。そこは物件が面白さで決めました。
尾上:根津にできた「不健康ランド」も、意外なところにすごいのができたなって思いました。あれも物件ありきですか?
井川:完全に物件ありきです。銭湯の居抜きなので。もともと物件を見るのが好きで、その頃銭湯の居抜きがないかなと思いながらSNSを見てたら、ぱっと出てきたんです。
嶋野:あまりターゲットは意識しないという話でしたが、それでもある程度は設定されますか。
井川:自分は今30代後半なんですけど、自分の中から出てくるものって、今まで生きてきた中で得たものだけだと思うんですよね。自分の通ってきたルーツの中でしかアウトプットって出ないと思う。なのであえて言うなら、1~30代後半までの間がターゲットになるのかなと。
来店してもらうためのフックと、来店した後のフックは別物
嶋野:ある意味自分に近い感覚がうまくハマっているんですね。狙い通りにいった部分、逆に意識しなかったけどうまくできた部分はありますか。
井川:狙い通りできたのは「ユーザー側の発信から展開していく」こと。だいたい情報の展開はSNSから始まるので、それをサイクルさせるのは大事にしています。狙ってなかったのはタイミングで、予期せぬときにバン!と行っちゃったりすることがありますね。
嶋野:ユーザー側の発信から始めるのは、まさにUGC(ユーザージェネレーテッドコンテンツ)をど真ん中においたやり方ですね。みんながやりたいけど、うまくいっているケースが非常に少ないところです。例えば「味だけで勝負するストロングスタイル」ももちろんありだけど、美味しいのが前提で、ユーザーの発信を優先順位の上に置くのって案外やっているところが少ない。しかも体験込みで。
井川:味がどうこうって、来店してもらった次の話だと思うんですよね。来る前に味はわからないじゃないですか。だから来るためのフックと、来てからのフックは階層が別と捉えてます。めちゃくちゃうまいけど誰にも知られてなかったら、その“めちゃくちゃうまい”にはたどり着かない。そこをおざなりにしているパターンは多い気がします。
尾上:不純喫茶ドープの場合、来てからのフックは何ですか?
井川:空間も含めた体験の面白さですかね。クリームソーダや太いナポリタン、固いプリンみたいな、実際に食べる体験のクオリティも含めて。一個一個のものにフォーカスするより、トータルでの体験を重視しています。コロナ禍で有名店もデリバリーするようになったけど、家で食べるとなにか物足りなかったりする。それが空間のプラスオンの価値だと思っていて。食べ物と空間が合わさっている状態でフック付けしていくイメージです。
嶋野:フックの部分と味(めちゃ美味しいです!※筆者追記)の関係ってどう決めてますか?
井川:単純に自分が好きなものをぶち込んでいる感じですが、その中でも意識しているのは「人に言いたくなるコンテンツづくり」。例えば、「不純喫茶」や「不健康ランド」「せつない気持ちのゴミ捨て場」ってワードは言いたくなるじゃないですか。それに「めっちゃ固いプリン」とか「めっちゃ太いナポリタン」みたいな方が伝えやすいし。
嶋野:井川さん自身が生粋の接客業というか、コミュニケーションが巧みな方だからお店にも反映されてるんでしょうか?
井川:いや、まったくそういうタイプではないですね…。人を思ってつくっているというよりは、自分で面白いものができれば満足で。
尾上:自分だったら言いたくなっちゃうなみたいな。
井川:そうそう、そんな感じです。実際、不純喫茶ドープは20代の女の子が多いんですが、20代の女の子の気持ちは一切わからないわけです。その子たちが喜ぶものを40手前のオジサンが考えて迎合するのも面白くない。逆に私が面白いと思っていることが、20代の女の子からすると逆に新しかったりする。
嶋野:さっきおっしゃっていた、予想外にSNSでの反応がよかった点は何ですか?
井川:ドープの開店前日にバズった、外の食品サンプルですね。食品サンプルっていくらでも世の中にあるものだけど、そこに少しプラスの要素をつけたり、見せ方を工夫することで話題になる。ある程度意図はしていましたけど、思った以上に強い反響でしたね。
尾上
:はい、ということで、前半は以上です。今回も濃密でしたね。
嶋野
:当てにいかず、自分が好きなものを突き詰めていくことが、逆にギャップがあって、それがSNSでうけたっていうのは、すごく理想的ですね。でも奇跡的な面もあるだろうね。


