第5回の今回はIPRNメンバーのスペイン企業、Comunicación Iberoamericana(コミュニカシオン・イベロアメリカーナ:以下、CCIBA社)が日本の独立行政法人、JNTO(国際観光振興機構)をクライアントにしたPRキャンペーンを紹介します。
2019年から今日にまで続く同キャンペーンの主テーマのひとつは、コロナ禍が終息した際、最初の渡航先として日本を選んでもらうことでした。
日本が他国や海外企業をPRする事例については各所で見かけますが、他国が日本をPRした事例は、あまり日本では触れることができない貴重な事例だと思います。
スペインはどのように日本(スペイン語でハポン)をPRしたのか?
では詳しく見ていきましょう。
観光資源として日本の「精神性」に注目
CCIBA社担当者のひとり、Adrian Esteban Barba(アドリアン・エステバン・バルバ)氏は以下のようにコメントしています。
「日本は、スペインの人々にとってユニークでエキゾチックな観光名所を通して自国をアピールするだけでなく、そこに住む人々の人生哲学や、自然への敬意、他者への尊敬、国民の模範的な市民意識、清潔さや教育への取り組みといった日本のコンセプトの輸出を通して、自国をアピールしています」(筆者和訳)。
コロナ禍で物理的に日本へ渡航できない状況で、CCIBA社は日本の観光名所だけでなく、日本の精神性に目を向けました。そこには、カイゼン(トヨタが提唱した業務見直しの際の考え方、活動)や「生きがい」、ワビサビなども含まれます。
コロナ禍を背景にして、CCIBA社がキャンペーンでとくに注目したインサイト(顧客や消費者の購買意欲のツボ)は、日本の「安全性(safety)」、「持続可能性(sustainability)」、「手ごろな価格(affordability)」、「アクセスしやすさ(accessibility)」でした。
定量的なマーケティング指標にあらわれた大きな効果
具体的な施策としては、「Safe and Sustainable Japan」と題したバーチャルイベントをオンラインで開催し、オンラインで150名の参加者を集めました。
またコロナ禍が収まってからは、「安全性」、「持続可能性」、「手ごろな価格」、「アクセスしやすさ」などに注目しながら、東北地方でファムトリップ(familiarization trip:国や自治体等が観光誘致を目的に、ターゲットとする国の旅行会社やメディア、インフルエンサーなどに現地視察してもらうツアーのこと)を数十回、実施しました。
ファムトリップに参加したインフルエンサーのSNS発信は、合計で1,160万以上のインプレッション(SNS投稿が表示された回数)を達成しました。
特に、2023年1月にスペインの首都マドリードで行われた国際観光見本市「FITUR(Feria Internacional de Turismo)」で日本ブースを催した際は、大きな注目を集めました。
2021年開催の夏季オリンピック東京大会では空手の形(かた)個人種目で女子金メダルに輝き、2017年にはスペイン政府からスポーツ国民賞を授与されている空手家のSandra Sanchez(サンドラ・サンチェス)氏を招いて演武を披露、来場者から大きな喝采を浴びました。
FITURは毎年、20万人以上が来場、2023年度実績では出展社数755社、展示面積66,900平方メートルに及ぶ、世界最大規模の観光イベントです。
他の組織と力を合わせてより大きな結果を実現
他にも工夫としては、共生マーケティング(Co-marketing)と呼ばれる手法を活用したことです。これは複数の観光関連企業が集って、経営資源と目的を共有しながらマーケティング活動(PRのようなプロモーションも含む)をすることです。
CCIBA社は、観光地、ツアー会社、航空会社、インフルエンサーなどに加えて、在スペイン日本大使館や国際交流基金マドリード日本文化センター、Casa Asia(マドリードとバルセロナにオフィスがあるアジアとの交流を促進する公的機関)などと共生マーケティングを展開したPR活動で、多くのメディアからの取材や記事露出、報道を実現しました。
CCIBA社によると2019年のキャンペーン開始以来、CCIBAが関わった260以上の日本の観光地に関する記事・報道は、スペインのメディアで計8,399本に達したとのことです。これは広告換算で5,585万ユーロ(記事執筆時点の日本円換算で87億円ほど)に相当します。
CCIBA社は他にもクライアントであるJNTOの、インスタグラムでのスペイン語アカウントの作成と運営や、フェイスブックアカウントの運営支援なども実施しています。
日本の良さは巷(ちまた)にあふれている
CCIBA社CEOのDiego Barcelo(ディエゴ・バルセロ)氏ご夫妻が訪日した際に筆者は、都内の居酒屋で会食をしてIPRN年次総会での旧交を温めました。
「日本人は慣れて気づかないかもしれないが、ふらっと入ったこの居酒屋のような場所にも、日本のいろんな精神文化が溢れている」と、ディエゴ氏は語っていました。
CCIBA社の活動が生んだ大きなPR効果は、日本人が慣れてしまった日本の良さに、スペインの友人が気づいたこと、そのインサイトの見極めが成否を分けたのだと思います。
第6回ではIPRN年次総会で発表されたベストプラクティスや、昨今のPR業界をめぐる傾向などをふまえて、PRの今後について占ってみたいと思います。ぜひご期待ください。
「IPRNプエルトリコ年次総会に見る、グローバルPR市場の課題」バックナンバー
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