スタンフォード大に広報PRの専門学科を設立した第一人者、レックス・ハーロウ

20世紀における広報PRの理論形成に貢献

写真 人物 プロフィール レックス・ハーロウ
レックス・ハーロウ(Rex Harlow、1892-1993)
写真提供/PR Museum

アイビー・リーエドワード・バーネイズは、広報PRの実務家として、現代でも一般的に用いられている数多くの広報手法を企画実践し、広報PRという職種や業界の発展育成に大きな影響をもたらしました。今回ご紹介するレックス・ハーロウは、20世紀における広報PRの理論形成に多大な貢献をした研究者です。

ハーロウは、1912年に家族経営の週刊誌『ハーロウズ・ウィークリー』の販売担当になり、メディア企業の販売や経営に携わりました。第一次世界大戦中、彼は米陸軍の一兵卒として従軍したという経験もあり、退役後は実務家として1936年まで同族会社の副社長および『ハーロウズ・ウィークリー』の編集者を務めました。その間、セントラル・ステート・ティーチャーズ・カレッジ(現セントラル・オクラホマ大学)を卒業し、学士号を取得しました。

実務を通してパブリック・リレーションズに対する興味が一段と強くなったハーロウは、1935年にテキサス大学で修士号、スタンフォード大学で博士号を取得後、教育者に転身します。1938年にスタンフォード大学で教職を得て、同大学にパブリック・リレーションズの専門学科を設立しました。

現代まで続く「広報PRとは何か」の議論を投げかけた

当時の彼の最大の関心事は「広報PRとは何か」でした。彼はその定義とともに、広報PRをいかに実践するべきかを研究しました。

また、彼はパブリック・リレーションズを社会で認知された職業としての地位確立に努力すると共に、企業や個人に倫理規範を含む社会的責任を提唱し、社会学的および心理学的研究の利用を推進する活動に取り組みました。

ハーロウは、広報PRの理論を多くの実務家や研究者と共有するために、米国パブリック・リレーションズ評議会(ACPR、後に、米国パブリック・リレーションズ協会=PRSAと合併)を創設するとともに、1945年には専門誌『パブリック・リレーションズ・ジャーナル』を創刊します。

前述のとおり、「広報PRとは何か」は研究者のみならず実務家にとっても最大の課題であり、これは今も昔も変わらないと思います。

ハーロウが、1900年から1976年までに公開された広報PRの定義について調査したところ、実に472もの定義があったと後に述べています。広報PR業務の対象の広がりや多様化によって、「ひとこと」で定義することは難しく、そのため学会や業界団体がそれぞれ自身の定義を公開していました。

たとえばPRSAの最新の定義は、「パブリック・リレーションズとは、組織とその関係者との間に相互に有益な関係を築く、戦略的なコミュニケーションプロセス」です。

また日本広報学会は、2023年6月に広報の定義「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」と発表しました。

これを受けて、日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)は、「広報・パブリックリレーションズは、“関係性の構築・維持のマネジメント”である。企業・行政機関など、さまざまな社会的組織がステークホルダー(利害関係者)と双方向のコミュニケーションを行い、組織内に情報をフィードバックして自己修正を図りつつ、良い関係を構築し、継続していくマネジメント」だと定義しています。

広報PRの古典といわれる著書を多数執筆

ハーロウがスタンフォード大学で広報PRの講義を行ったのは4年間でしたが、1948年にはPublic Relations Institute of the Westを創設し、代表として研究を続けました。

その一方でACPRの代表としての活動とともに、『パブリック・リレーションズ・ジャーナル』の発行人を長年務めました。同誌はPRSAが発行を引き継ぎ、1995年まで刊行されました。

ハーロウは広報PRに関する著書を数多く出版しましたが、なかでも『Practical Public Relations』(共著, Harper, 1952)と『Social Science in Public Relations』(Harper, 1957)は広報PR研究の古典であり、現代でも広報PRを学ぶ学生にとっての必読書となっています。

写真 表紙 Practical Public Relations
ハーロウの『Practical Public Relations』は、今でも研究者や学生が広報理論を学ぶ古典である。

ハーロウは大学教授のほかにも、ハーバート・フーヴァー大統領やフランクリン・D・ルーズベルト大統領の顧問を務めるなど、さまざまな形で広報PRの普及とその実践に関わりました。

1953年にパブリック・リレーションズ年間最優秀賞、1952年と1969年の年間プロフェッショナル賞、1969年にPRSAのゴールドアンビル賞、1975年のオクラホマジャーナリズム殿堂入り、1977年のカリフォルニア支部初の年次メダリオン賞など、数々の栄誉を受賞しています。


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エバンジェリスト

エバンジェリスト(Evangelist)は、一般的には特定の信念、製品、サービス、アイデアに対して情熱的な支持活動を行い、現代ではテクノロジー企業を中心に注目を集めている専門人材である。エバンジェリストは、元はキリスト教における伝道者のことで、信仰を広めるために働く人々を指していたが、現代では広報宣伝やマーケティングの分野など、ビジネスやテクノロジーの世界で幅広く使用されている。

ビジネスやテクノロジーの分野では、エバンジェリストは特定の製品や技術を広報宣伝し、その価値を広める役割を果たしている。彼らは、製品や技術の利点や使い方を他の人々に伝え、コミュニティを構築し、製品や技術の採用を促進するための活動を行う。

エバンジェリストは、ソーシャルメディアを通して対象となるコミュニティと情報を共有する役割を果たしているほか、その活動内容から自社や所属団体のみならず、特定の分野のオピニオンリーダーやインフルエンサーとしての役割も果たしていることも多い。

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河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)
河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)

かさい・ひとし/ミアキス・アソシエイツ 代表、英パブリテック日本代表。10年にわたる外資系メーカーでの国内広報宣伝部門責任者を経て、1998年8月より広報コンサルタントとして独立。以来、延べ120社以上の外資系IT企業をはじめ、ITベンチャー各社の広報業務の企画実践に関するコンサルティング業務に携わる。メーカーでの広報担当時代(1989年~)から現在まで、自身で作成・校正を手がけたプレスリリースは、2400本を超えた(2023年10月31日現在: 2421本)。東京経済大学大学院コミュニケーション学研究科修士課程修了(コミュニケーション学)。日本広報学会会員。米IABC(International Association of Business Communications)会員。著書に『アイビー・リー 世界初の広報・PR業務』(同友館)。

河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)

かさい・ひとし/ミアキス・アソシエイツ 代表、英パブリテック日本代表。10年にわたる外資系メーカーでの国内広報宣伝部門責任者を経て、1998年8月より広報コンサルタントとして独立。以来、延べ120社以上の外資系IT企業をはじめ、ITベンチャー各社の広報業務の企画実践に関するコンサルティング業務に携わる。メーカーでの広報担当時代(1989年~)から現在まで、自身で作成・校正を手がけたプレスリリースは、2400本を超えた(2023年10月31日現在: 2421本)。東京経済大学大学院コミュニケーション学研究科修士課程修了(コミュニケーション学)。日本広報学会会員。米IABC(International Association of Business Communications)会員。著書に『アイビー・リー 世界初の広報・PR業務』(同友館)。

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