自社発信からユーザーの投稿を促す形に切り替えた
松岡:トヨタ車オーナーが自らの車を撮影し、 ハッシュタグをつけてInstagram に投稿する「トヨタグラム」は、「車好き」コミュニティの熱量をうまく活かしてユーザー発のブランド形成に成功した例だと感じています。どのように始まった企画なのでしょうか?
岸上:「トヨタグラム」は2017年にスタートしたオーナー向け施策であり、ユーザーから発信するブランドという観点で運用しています。企画の狙いは、SNSを起点にトヨタ車のオーナーに販売店へ来店していただくこと、フォロワーを介して若年層などがトヨタの情報に触れる機会を増やすことで、トヨタブランドに対する共感度の向上を図ることです。
松岡:立ち上げ当初から今の形だったのでしょうか。
岸上:実は、当初はフォロワーエンゲージメントを取ることを目標に、自社のカタログ素材やイベントを Instagram に投稿することから始めたんです。しかし、投稿を続けていく中で マンネリ化したり、素材が枯渇して投稿頻度やエンゲージメントが低下する悪循環に陥ってしまって。そこで、始めたのが「グランドツーリング企画」でした。ユーザーに「絶景×ドライブ」というテーマを提供し、行動(投稿や絶景ポイントへのドライブ)を促したいという考えがありました。その結果、Instagramのエンゲージメントを安定して獲得できるようになり、ユーザーの態度変容スコアも急速に上がっていきました。
松岡:施策を続けた結果、どのような成果が生まれているのでしょうか。
岸上:広告を実施しないオーガニック投稿が80万件以上生まれる結果となっています。今では「FJクルーザー」などを軸とした車種特有のハッシュタグも生まれていて、ユーザー同士のつながりや交流も促進されています。SNSを通じてリアルなユーザーの意見や評価が集まることで、当社のマーケティング活動にも貴重なフィードバックも得られるようになったのも良い点です。
「みんなのトヨタグラム」へのリニューアルで、ユーザーがより発信しやすく
松岡:2021年に「トヨタグラム」は「みんなのトヨタグラム」にリニューアルされました。この背景には何があったのでしょうか。
岸上:運用していく中で起きた環境変化がきっかけです。例えば、スマートフォンのカメラの性能が上がり、一眼レフに負けない写真が増えていました。また、SNSのアルゴリズム機能の変化もありました。目まぐるしく変わるアルゴリズムにメーカーが途切れなく対応していくことには限界があります。もっとユーザー自身に投稿してもらえる企画にしていくことで、ユーザーが自信を持っておすすめできるブランドになっていくべきという考えもありました。
「みんなのトヨタグラム」は、以前よりもユーザーと双方向のコミュニケーションを図りやすいプラットフォームになっています。「トヨタグラム」で実現したハッシュタグの創出を継続しつつ、ユーザーの興味関心を細分化し可視化できるよう取り組んで、それぞれに最適化されたコンテンツを提供することを重視しています。
松岡:私たちは著書『偶発購買デザイン』の中で、UGCが生み出す「ユーザーブランド」(ユーザー視点・ユーザー発信で作られるブランドイメージ)の力が年々増していることを紹介しました。まさにそのユーザーブランドを生み出していく施策ですね。ユーザーごとの興味や関心はどのように可視化されているのでしょうか。
岸上:見える化ついては、トヨタの車が「ユーザーの推し」として表現されているような写真を中心にピックアップしています。例えばユーザーの中からスタイル好きな方を見つけて、車との日常的な関わり方、車をかっこよく見せる方法、カスタマイズ方法などがわかる写真を選んでいます。
また、「みんなのトヨタグラムStory」というサイトでユーザーへのインタビュー記事を掲載しています。例えば、1980〜1990年代の少し古い車を「ヤングタイマー」と呼び、ファッションアイテムの一部として所有している20〜30代の若者がいます。こういったユーザーを発見したら、話を聞かせてもらう。記事の内容は決して作られたものではなく、リアルな意見や新しい発見ができるものにしています。
また、継続性のある企画を行うためにはユーザーの熱量も重要と考え、熱量の高いユーザーを巻き込む方法を重点的に考えています。そのポイントは、ユーザーの承認欲求をくすぐること、ユーザーの行動をサポートしていくことの2点に尽きると思っています。
松岡:より、ユーザーの行動に寄り添っていくということですね。
岸上:そうです。「トヨタグラム」でユーザーの「行ってみたい」「知りたい」という気持ちをサポートしています。
SNSごとに異なる特性を活かして、立体的に組み立てる
松岡:Instagram以外のSNSにはどのように取り組まれているのですか。
岸上:SNSにおけるユーザーとのコミュニケーションについては、各種SNSごとに活用方法を区分することで立体的に作っています。Instagramは素材収集装置であり、オウンドサイトはその素材を収納して見える化する場、LINEは活動促進や利活用をする場、Xは情報の拡散と収集をする場、といった具合です。それぞれの異なる性質に応じて使い分け、それぞれにプログラムを用意して運用しています。
松岡: 例えばトヨタのLINEアカウントにいる友だち(ユーザー)に対して「こういったものを投稿してください」と呼びかけるのですか?
岸上: LINEはシーズナリティに対応できたり、インタラクティブな投稿も可能なので、ユーザーの興味に合わせたコンテンツが提示できます。例えば絶景を見に行きたいユーザーに、特定のエリアの絶景ポイントを提示するなどしています。
松岡:ユーザーと直接コミュニケーションを取る機会が、より増えそうですね。
岸上:自発的に企画へ参加するユーザーをいかに作っていくかという観点にこだわりを持ってやっています。その一つに「いいね!活動」があります。ユーザーの投稿に対して月間300〜500件程度「いいね!」をするほか、投稿の募集告知を行うこともあります。
今は投稿写真のクオリティを上げる活動に取り組んでいます。というのも、我々はメーカーが作成する通常の広告に、ユーザーが撮った写真の起用を実現したいという裏目標を持っているからです。最近では、プロカメラマン界隈に車という商品を落とし込んで、アート作品のような写真を撮ってもらう企画も始めました。一般のユーザーも、その投稿を見ることで、車をかっこよく撮る方法が学べますよね。こうした企画も、ユーザーのモチベーション維持につながると思ってやっています。
松岡:我々も書籍『偶発購買デザイン』の中で、「ユーザーブランド」を作っていくためにユーザーのUGCをマネジメントしていく時代に突入していると書いています。このような啓蒙的な取り組みは、まさにUGCマネジメントに当てはまると思いました。
『偶発購買デザイン 「SNSで衝動買い」は設計できる』
2024年12月13日発売/宮前政志、松岡康、関智一 編著
SNSでのコミュニケーションのポイントは「権威と目線のバランス感覚」
松岡:ここまでお話を伺って、ユーザー自身がトヨタさんのマーケティングパートナーのような存在になっている印象を受けました。
岸上:「ファン」や「界隈」と呼ばれるコミュニティに対しては、一方的なコミュニケーションをしても情報は刺さりません。こうしたファンコミュニティに対するコミュニケーション戦略は2種類あると考えています。一つは企業がファンと対等の立場となり、パートナーのような関係性を築くこと。もう一つは企業が権威者という位置づけとしてファンを牽引していく形です。「トヨタグラム」では、我々がファンコミュニティの中に入っていくことで、一緒に会話をするような関係性を構築することが重要だと考えています。
松岡:ユーザーの発信によってブランドを作っていくためには、ユーザーのUGCをうまくマネジメントしていく必要があると思います。公式アカウントだからこそのある程度の権威感をキープしつつ、目線はユーザーと一緒にする「権威と目線」というバランスをうまく取っていらっしゃると思ったのですが、岸上さんはどのようなバランス感覚をお持ちなのでしょうか。
岸上:「権威と目線」のバランスが保てるのは、公式アカウントが「キャラ」を出していない場合だと思います。我々はSNSを運用する際に「中の人」というキャラは出さないようにしています。ユーザーとは一定の距離を保つ方針です。それによって属人的にならず、企業としてのサステナビリティを維持することができると考えるからです。
「鳥の目と虫の目」を行き来しながら指標を追いかける
松岡:岸上さんはマーケティング全体の戦略とSNSにおける個々の投稿の詳細に対して、鳥の目と虫の目の視点で行き来されていると思うのですが、ご自身としてはどのようなKPIを日々追いかけているのでしょうか。例えば、具体的な数値としてKPIをお持ちでいらっしゃるのか、マーケターとしてどのようなKPIを重視されているのかお伺いしたいです。
岸上:さまざまなKPIを持っていますが、最終的に目指すのはトヨタに対する共感度向上です。共感度スコアに相当する指標があるため、それを重点的に見ています。指標を算出には当社独自の定点調査を実施しています。例えば各種SNSでトヨタの公式アカウントをフォローしている人の中から、エンゲージメントの頻度を調査するエンゲージメント調査などがあります。
松岡:最終的な目標としては、鳥の目の視点になるんですね。
岸上:もちろん、ミクロの視点でも考えています。トヨタブランドに対する共感度を高めるためには多様な因子を上げる必要があるため、その因子を上げるために投稿ごとのカテゴリーが存在するんです。例えば「トヨタイムズ」や「車」のように1つの投稿ごとにカテゴリーラベルを設定し、その上でインプレッション・エンゲージメント・コメント・シェア・保存などの指標も調べています。日々の投稿についてはリーチとインプレッションが重要だと考えているため、その指標を伸ばすことも考えますね。
松岡:トヨタという大企業が1人のユーザーをそこまでしっかり見てくれていることに、とても良い意味でギャップを感じました。今日のお話を通じて、御社のようにユーザーと丁寧に対話する姿勢がある半面、SNS上ではほどよく距離を取るスタンスは、今後のマーケターにとって重要になると感じました。
岸上:ありがとうございます。 「みんなのトヨタグラム」については、好きな方と知らない方が両極的に存在するため、さらに活動を大きくしていきたいですね。SNS施策やファン同士のコミュニケーションなどさまざまなきっかけを通じて「トヨタグラム」が広がっていくポジティブなサイクルを作り、同時に共感度向上も目指していきたいと思っています。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』

宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
電通内でデータマーケティングを専門とする戦略プランナーチームの研究成果をまとめた一冊。Search(検索)ではなくSurf(情報回遊)から始まる、情報回遊時代の購買行動モデルを「SEAMS®」として提唱。その背景やプランニングのポイント、顧客育成の方法論、偶発購買設計のためのフレームワークなどを紹介する。読者限定ダウンロード特典つき。
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