日高屋、タッチパネル導入で店舗売上UPのワケ バイト出身社長が仕掛けた変革

食事から居酒屋利用まで―――、日常使いの飲食店・日高屋を支えるのは、アルバイトから社長に就任した現場肌の経営者、青野敬成氏だ。キャッシュレス化やタッチパネル導入をはじめ、非接触・省人化への先手を打ち続けた結果、コロナ禍でも安定した経営を実現。さらに今、駅前中心だった出店戦略に加えて、郊外・ロードサイドにも着手し、“600店舗構想”に本格的に踏み出している。価格高騰の時代にあっても、あくまで「安くて満足できる外食」を提供し続ける。その裏にある現場起点の発想と、多くの顧客に愛され続ける秘訣とは。

写真 人物 ハイデイ日高 代表取締役社長 青野敬成氏

ハイデイ日高 代表取締役社長 青野敬成氏・1974年生まれ、愛媛県出身。らーめん日高でのアルバイトを経て、1999年にハイデイ日高に入社。店長、スーパーバイザー、エリアマネージャーなどを経て、2017年に執行役員、2019年に取締役執行役員営業管理部長・情報システム室長。2022年5月に代表取締役社長に就任。

組織を俯瞰する目と現場視点を持てるようになった経歴

──アルバイト出身で、さらには創業家以外から初めて社長になられました。

私が日高屋で最初に働いたのは19歳のときです。その後、1999年に正社員として入社し、現場と本部を行ったり来たりするようなキャリアを歩んできました。そういう意味では、昇進に昇進を重ねるような、順風満帆なキャリアだとは言えないかもしれません。

ですが、本部と現場を交互に繰り返し見ていると、両者の良さと課題を把握できるようになりました。日高屋の価値も乗り越えなければならない壁も、それらの本質が見えるようになったと言いますか。組織全体を俯瞰する視点と、現場に寄り添う目線をどちらも持てるようになったのは、この経歴のおかげだと思っています。

そんなキャリアを歩んできましたが、社長になったのは2022年。ちょうどコロナが落ち着き始めたタイミングのことでした。正直なところ、社長を任されるとは思っていなかったんです。

──就任時はコロナ禍です。飲食事業としては厳しい状況だったのではないでしょうか。

たしかに、飲食事業を展開する多くの会社はコロナ禍でかなり厳しい状況に立たされたと思います。ですが、日高屋は「いち早く非接触対応を進めた飲食店」と言われることもありました。この背景にあるのが、キャッシュレス化の推進です。

日高屋では、2020年に開催予定だった東京五輪を見据えて早い段階からキャッシュレス化に力を入れてきました。私がその担当者として取り組みを進めていたのですが、社内では「時期尚早ではないか」という声も多かったです。手数料の問題もありますし、その分の利益を持っていかれることに慎重になる社員も多かったためです。ですが、きっと今後どこかでいつかは採り入れなければならないことだったと思います。

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