データが取れない時代の現実解 「推定・連携・AI活用」による勝ち筋

生成AIの台頭により、業務の効率化が実現すると共に、メディアの在り方や、企業と人の接点のつくり方をも変えるような大きなインパクトが予測されます。マーケターは、これらの技術をどのように受け入れ、業務に活かしていけばよいのでしょうか。今回は、データ規制に対応したマーケティングの実践について、富士通の山根宏彰氏が解説します。

※本記事は月刊『宣伝会議』12月号の連載「AI×マーケティングで未来を拓く」に掲載されています。

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山根宏彰氏

富士通
研究本部 人工知能研究所 研究員

慶應義塾大学より、「キャッチコピーの自動生成に関する研究」で博士号(工学)を取得。大学院ではキャッチコピー研究の傍ら、慶應義塾大学ビジネス・スクールにてイノベーションについて学ぶ。東京大学特任研究員時代にマルチモーダルAI研究、京都大学特定研究員時代には脳情報解読に従事。理化学研究所 革新知能統合研究センターでの循環器AI研究を経て、2022年9月より現職。AI技術コンサルティングも行う。
https://inside-brain.net/ja/

“欠損だらけ”のデータを前にどう意思決定するか

前回、データ収集を巡る3つの変化──法規制、ブラウザの制限、競争法の強化──により、「何でも無制限に収集できた時代」が終わったことを論じた。今回は、データの欠損を前提としたマーケティングの実践について見ていきたい。

まず現実を直視しよう。一般的に、iOS14.5のATT(事前にユーザー行動の取得可否を聞く)以降はユーザーレベルの広告識別子を取得できない利用者が多数となり、同意率は概ね20~30%台にとどまるとの報告が多い。WebサイトでもSafariのトラッキング防止機能であるITPによりサードパーティCookieは既定でブロックされ、スクリプト書き込みのストレージは原則7日が上限である。その結果、長期のクロスサイト/クロスデバイス分析が難しくなっている。

この「穴だらけのデータ」で、どう意思決定するのか。答えは3つのアプローチの組み合わせにある。

(1)見えるデータと見えないデータを区別する

Googleの最新Web分析ツール、Googleアナリティクス4(GA4)は「データを取りすぎない」ことを前提に設計され、IPアドレスを保存しない、EU域内のデータはEU内で処理する、といった仕組みを標準装備する。

興味深いのが、「Consent Mode」という機能だ。これは、Cookie利用に同意したユーザーのデータを基に、同意していないユーザーの行動を統計的に推定する。例えば、100人の訪問者のうち30人しか同意していなくても、その30人の購買率やページ遷移パターンから70人の行動を推測する。「全体として何人くらいが購入したか」という傾向は把握できる。

重要なのはレポート上で「観測データ」と「推定データ」を区別すること。経営会議で「このコンバージョン数の60%は推定値」と報告する。これが新常識になりつつある。

(2)データを持ち寄らずに分析 クリーンルームという仕組み

次に、複数の企業がデータを共有せずに共同分析する「データクリーンルーム」について説明したい。

例えば化粧品メーカーが、自社の顧客リストと、広告配信プラットフォームの広告接触データを照合したいとする。クリーンルームでは、両社がメールアドレスを暗号化(ハッシュ化)した状態で照合する。メールアドレスを見ることなく「広告を見た人のうち何%が購入したか」が分かる。Google、Amazon、Metaもクリーンルーム機能を提供している。日本でも電通や博報堂が独自のクリーンルーム環境を構築し始めている。

(3)LLMが埋める情報の空白 ただし課題も残る

大規模言語モデル(LLM)、つまりChatGPTのようなAIは、文章生成だけでなく、データ分析の現場でも活用が進む。小売りチェーンの事例を紹介しよう。

POSデータ、Webアクセスログ、アプリの行動履歴、コールセンターの問い合わせ記録──これらは全て異なるシステムに保存され、形式もバラバラだ。従来は、データサイエンティストが数日かけてSQL文を書き、統合していた。現在は、LLMに「先月、商品Aを購入した顧客のうち、その後カスタマーセンターに問い合わせた人の割合を教えて」と自然言語で問いかけると、各システムにアクセスして結果を返してくれる。データの欠損がある場合も、「このデータは30%程度の欠損があるため、実際の数値は○○~○○の範囲と推定されます」といった形で補足してくれる。

LLMや生成系モデルを活用した欠損補完が競争力を示す事例は増えている。ただし、「なぜその値を予測したか」の説明が難しいという課題は残る。

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