戦後の日本において、世論調査や市場調査は、社会の変化や技術の進展とともにその役割を拡張してきた。国民把握を目的とした調査は、やがて企業の経営判断を支える基盤となり、デジタル化やAIの登場によって新たな転換点を迎えている。本稿では、滋賀大学データサイエンス学部准教授の増田純也氏が、日本のリサーチの歩みを振り返りながら、その変遷と現在地を解説する。
※本記事は月刊『宣伝会議』3月号の特集2「『リサーチ会社』はどこに向かう?新生・『インサイト産業』大解剖」の転載記事です。
インターネットからAIまで産業の変遷と手法の限界
日本における世論・市場調査の出発点は、1948年のGHQによる「日本人の読み書き能力調査」です。これは、厳密な無作為抽出法(ランダムサンプリング)を用いて、全国の270地点で15~64歳の男女1万6820人に対して実施されました。
組織としては、1945年に内閣情報局企画資料部輿論調査課が設置され、これが政府世論調査組織のはじまりとされています。
これらの一連の動きは、戦後の混乱期から日本が民主主義政治へと移行する過程において、国民を把握し、政策決定に反映させることが目的でした。この時代に培われた「調査」に対する考え方や手法が、その後の日本における世論調査や市場調査の発展に寄与していきます。
1950~80年代の市場調査の制度化と高度化
戦後復興が進み、企業活動が活発化した1950年代には、調査の役割は「国民の把握」から「経営管理」へと広がっていきます。新聞・雑誌に加え、ラジオやテレビが広告媒体として普及し、広告投資は経営資源として管理されるようになりました。
1958年に日本生産性本部が刊行した視察団報告書『マーケティング・リサーチ―市場調査管理専門視察団報告書』では、市場調査が生産性向上に資する経営手法として紹介されています。
この頃から国内に市場調査会社が相次いで設立。また、同一対象者を継続的に追跡する「パネル調査」も導入され、……
…この続きは1月31日発売の月刊『宣伝会議』3月号で読むことができます。
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