起業の理由は複合的で、たくさんのことが絡み合っている。だからいつもは、聞いた人が一番納得してくれそうな理由を選んで話す。たとえそれが自分にとってかなり大きな理由であっても、「言葉ではうまく伝わらないな」と思ったら、あえて口にはしない。
今まで誰にも話してこなかった、僕の起業の裏にある一番大きな理由。それは、中村洋基くんという男の存在だ。
中村くんの著書『計画しない人はうまくいく』の中に、ある人気マンガ家「I先生」が登場する。その人こそ、当時僕が編集として担当していた『バガボンド』の井上雄彦さんだ。
当時、中村くんがいた電通のチームは、井上さんから凄まじい信頼を寄せられていた。『SLAM DUNK』の伝説の展覧会「10 DAYS AFTER」の時も、『バガボンド』の「最後のマンガ展」の時も、井上さんが真っ先に相談した相手は、僕たち編集者ではなく、中村くんのいるチームだったのだ。
マンガの中身は編集者に相談する。けれど、「この作品をどう世の中に届けるか」は、編集者以外の人に相談する。その事実に、僕は猛烈に嫉妬した。頼ってもらえない自分の実力不足が情けなかった。かと言って、じゃあ自分が相談されたら何ができるのかというと、当時は何もできなかった。
「マンガ家がマンガを作るのを手伝うだけの編集者」で終わりたくない。作品にまつわる全ての手助けができる存在になりたい。心からそう思った。
悔しいことに、彼は仕事ができるだけではなかった。当時、彼が書いて大流行していた「ウンコブログ」の狂ったような面白さを見るにつけ、同じクリエイティブの世界に生きる人間として、羨ましくて仕方がなかった。
その後、彼が「PARTY」を立ち上げたことで、直接の付き合いが始まった。 まだ『宇宙兄弟』がヒットする前、宣伝予算が全くない時に、僕は彼に相談しにいった。彼は予算のことなど一言も口にせず、次々とアイデアを出してくれた。その中で採用したのが、ファンが一斉にジャンプして、みんなの跳躍距離を足して月を目指す「地球にいませんでした」というアプリだ。