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バイアスにとらわれず、「人を見る」ことの重要性 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【中編】

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宣伝会議では、2017年12月に『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』を上梓した大松孝弘氏の出版記念セミナーを開催した。ゲストに博報堂ケトルの嶋浩一郎氏を向かえ、本書のテーマである「インサイト」について公開対談を行った。当日のディスカッションの一部をレポートする。

【前編】「人の欲望の発露、「インサイト」を捉えるには? — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【前編】」はこちら
【中編はこの記事です】
【後編】「論理と感性で捉える「インサイト」 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【後編】」はこちら

隠れているインサイトを見つける方法、「人間を見にいく」

嶋:大松さんの著作の興味深いところは、インサイトの発見のために、システマティックに学術的なロジックを使われているところです。僕は感覚的にそれをやっているところがあるのですが、この本を読んでいただくと、大松さんがインサイトを見つけるためのシステムをつくっていることがわかると思います。

インサイトの最大の課題は、先ほどから2人で話しているように、「隠れている」というところがポイントです。アラフォーになっても自由に生きていきたいと思っていたことは、ブログに書かれていたわけではなく、隠れていたわけです。隠れていたところを見つけていくやり方やメソッドをたくさん開発されていると思うのですが、その辺のお話をしていただいてもいいですか。

大松:自分の商品やカテゴリー、あるいは競合が何をやっていたのか、どういう技術がうちの会社にはあるか、ということから離れられるかということがとても大事です。まず「人間を見にいく」ところから始めよう、と書籍にも紹介しています。

これは少し前の例です。10年ぐらい前、ミドル男性向けにスキンケア化粧品を開発してローンチしようという話がありました。今後絶対に顕在化させる市場があるはずだという仮説があり、リサーチをどう行っていくのか、インサイトをどのように発見していくのか、という話になりました。皆さんだったら、どうしますか。ターゲットの人たちに、スキンケアのことやスキンケア化粧品のことを聞いても、「それは女性のものであって俺たちには関係ない」と思っています。

基本の考え方である「人間を見にいく」ということは、ターゲットの興味や関心に寄り添うことです。スキンケア化粧品に興味や関心が今はない状態です。では何に興味や関心があるのか、ということを考えたときに、「俺の顔」には興味があるのではないかと考えました。肌には興味がなくても、自分の顔には興味があるのではないかと。そこでどういうリサーチを行ったかと言いますと、10年前の俺の顔と今の俺の顔を、ネット上のアンケートで100人にアップしてもらいます。10年前の俺の顔、今の俺の顔が画面に出てきて、それを見ながら比較をして、10年前と俺の顔はどう変わっていると思いますか、ということを本人に答えてもらうというアンケートを行いました。

詳細は書籍で触れていますが、心理学の投影法をベースにした「文章完成法」という自由回答を答えてもらえるような手法を使っています。ポイントは「俺の顔」というところから入ろうとすることです。そこから10年前の俺の顔、今の俺の顔を比べたときに、今後こんなふうになっていきそうで嫌だとか、随分と輪郭がぼやけてしまって疲れたおっさんサラリーマンに見えるのではないか、ということが、隠れた欲望の入り口として見えてくるのです。

そのときに明らかになった、その人たちが求めていることは、「シャープなフェイスラインがほしい」という価値です。この価値に対して、「今のスキンケア商品はどうですか」と言っても、ターゲットの男性たちには関心のないお肌のケアとしか見えていないので、「顔つきのケア」というふうに価値を変えて位置付けなければいけません。男性のスキンケア化粧品というものは、これからは肌のケアというよりも、男の顔つきをつくるものですと伝える。もちろん、コエンザイムQ10などの作用機序でスキンケアをすることで、顔の印象をつくることができる、という根拠も必要です。

このように、インサイトを見つけるということは、人間を見にいって、商品に戻ってくるという作業をするということです。皆はこれをやりません。なぜやらないかと言いますと、すぐに答えがほしいので、スキンケア商品をどうしたらいいのか、というように狭い視野で物事を考えてしまうからです。そのほうが早く答えが手に入るだろうと勘違いをしているのですが、有効なアイデアを見つける、インサイトを得るという意味で言いますと、実は人間を見にいって戻ってきたほうが早いのです。

それを裏付けるというわけではありませんが、僕が気に入っている、本田宗一郎さんの社内向けにおっしゃった言葉があります。「研究所は人間の気持ちを研究する所であって、技術を研究するところではありません。研究所の技術者が大事にすべきことはお客さまの心を研究し、お客さまに喜んでもらえる将来価値を見つけることです。それが分かったら、手段である技術を使って将来価値を実現すればいい」という言葉です。これは言い換えると、社内に向けて、車のことから考えてはいけないというメッセージです。人間を見にいき、そこから車のことに戻してくるということです。

嶋:ぞくぞくしますね。本田さんのフレーズは最高です。「研究所は人間の気持ちを研究する所であって、技術を研究するところではない。」これをいま、多くのメーカーさんがやってくれたら、とてもいいと思います。本当にすごくいい言葉です。

大松:先ほどウォークマンの話があったのですが、本田さんとお友達だったというソニーの井深さんも、『わが友本田宗一郎』という本の中に、こういう趣旨のことを書かれています。

「本田さんも私も技術があるから、それを生かして何かをしようなどということはまずしませんでした。最初にあるのは、こういうものをこしらえたいという目的、目標なのです。多くの人に知ってもらえるもの、多くの人を幸せにするもの、ということが何を作るにしても常に大事だと考えていました」。

本田さんと井深さんは、戦後の技術系の経営者の2大成功者だと思います。そういう方々は、すごく先見の明があります。「だいたい良いんじゃないですか」時代が始まる前から、この考え方を実践されているという意味から言いますと、「だいたい良いんじゃないですか」時代が訪れた後もホンダとソニーが繁栄した理由が分かります。

嶋:すごくわかります。僕らもあるクルマを売ろうと考えるとき、まずは環境性能やステアリング、走りの性能がいかにいいかなど、やたらとクルマの研究をしてしまいます。もちろん広告コミュニケーションというものは、商品の情報やブランドの情報を伝えますので、商品やブランドの研究は大事なのですが、商品のことをずっと見ていても、一生インサイトは出てきません。なぜなら、インサイトは人の心の中にあるからです。

次ページ 「なぜ企業は自分の都合のいい思考で、商品、広告をつくるのか」へ続く