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コラム

残したい日本の商品・サービス データブック

残したい日本の商品・サービス データブック<ランデザイン代表取締役 浪本浩一編>

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回答者:浪本浩一(ランデザイン 代表取締役)

なみもと・こういち 1971年生まれ、大阪府枚方市出身。アートディレクター、グラフィックデザイナー。企業/商品のブランディングやまちづくりのプロジェクトに関わっている。ものづくりの人たちとの交流も多く、デザイナーと職人をつなげ新たな広がりを生み出す「大阪パッケージアカデミー」「KRAFKA」などの活動を行っている。最近は、地域課題、社会課題に対して、デザインの力を使って新たな価値を創造することにも取り組んでいる。

コロナ禍、デジタル化、働き方改革など……多くの変化が急速に進む中で、需要が縮小している分野は多くあります。マーケティング、クリエイティブの専門家の方々が、今応援したい、救いたい商品・事業を紹介する本リレーコラム企画。その商品・サービスを救う手だてはどこにあるのか。

第3回は、アートディレクター、グラフィックディレクターの浪本浩一さんに、職人とデザイナーを結び付け、伝統産業の継続性を担保するためのアイデアを紹介いただきました。 

FILE⑤ 伝統産業が新たなブランドイメージを持つことで生まれる新たな可能性

――浪本さんが応援したい企業・商品・サービス

「堺の打刃物・株式会社福井の包丁ブランドHADO」 

 

 
大阪府堺市は、日本の刃物三大産地のひとつで、約600年の歴史があります。職住一体の工房を中心に、昔ながらの技術が継承されてきました。現在でも鍛冶師が一本ずつ手で叩いてつくる“打刃物”は、その切れ味から多くの料理人に選ばれています。しかし、この数十年で工房の数と、そこで働く職人の数は、めっきり減ってしまいました。

そんな中、2022年に創業110年を迎える刃物商社・福井の社員が、3年の修行を経て研ぎ職人となり、念願だった自社の包丁ブランド「HADO」を誕生させました。
 

営業から刃研職人になった丸山忠孝氏。現在は二人の職人が社内の工房で作業をしている。

従来とは異なるブランドイメージを生み出すこと

「HADO」のブランド開発にあたり、私たちが考えたのは「従来の高級包丁とは異なるイメージを生み出す」ということでした。類いまれなる歴史と技術を持ちながら、勢いを失いつつある伝統産業に、どんなブランドイメージを吹き込めば「新しさ」を感じてもらえるか。それが大きな課題でした。

そこで従来の刃物ブランドが持つ、重厚で男性的なイメージから一線を画するブランドイメージを生み出すことを試みたのです。

キービジュアルは、フランス人アーティストのフィリップ・ワイズベッカー氏によるドローイング。それを軸に、パッケージを開発し、結果として、明るく親しみやすいブランドイメージが生まれました。特に、ワイズベッカー氏の“道具へのリスペクト”が込められたドローイングが生み出す世界観は、これまでの打刃物のイメージとは全く異なるものとなったのです。
 

フィリップ・ワイズベッカー氏が描いた「HADO」包丁のドローイングをキービジュアルに、柔らかく、これまでの男性的なイメージから脱却できるパッケージを目指した。

この世界観をSNSで発信することにより、海外のバイヤーにも注目され、世界各国から受注が入るようになりました。伝統工芸品とはいえ、今の時代においてはデジタル技術を活用することは欠かせません。また国内では、これまで刃物店への卸が中心だった販路を、パッケージのデザイン性を活かし、今後セレクトショップなどへ広げていくことも検討しています。

このように、伝統工芸産業が国内外に販路を展開・拡張させていくためには、従来とは異なるブランドイメージを持つことは大切で、それが結果として、その産業を守り、後世に残すことにつながるのではないでしょうか。

ただ予想以上の反響によって、生産が追いつかないという課題も生まれています。すぐに生産量を増やすことができないのも手工業の難しさです。そのため、今後若い職人を増やしながら、生産数を上げていくための準備をはじめているところです。
 

FILE⑥ 大阪のものづくり技術のコラボと、デザイン思考による商品開発

――浪本さんが応援したい企業・商品・サービス

「大阪のものづくり技術・三栄ケース mofu mofu」 

 

ジュエリーケースのあのモフモフした手ざわりはみなさんご存じでしょう。これは半世紀前に三栄ケース(大阪・堺)が静電植毛技術を生み出しジュエリーケースにしたことであの手ざわりが生まれたのです。

mofu mofuは、植毛技術をプロダクトに活かせないかという取り組みからはじまりました。そしてできたのがアクセサリーを飾るステージのようなケースです。このケースは、大阪のものづくり技術が詰まっています。金属の板にヘラを押し当てながら成形する「ヘラ絞り」、アルミ素材に表面処理をして着色する「アルマイト加工」、そして植毛技術がこのmofu mofuという商品に活かされています。
 

 
吉持製作所の吉持剛氏は、このmofu mofuでヘラ絞りを担当している職人です。吉持氏はデザイナーとのコラボ経験も豊富。しかし現在、大阪にヘラ絞り職人はほとんどいなくなってしまいました。
 

ヘラを使って加工する吉持剛氏。

戦後の大阪には、食器、照明の傘、バケツなどを成形するヘラ絞り工房が多くありました。しかし、この数十年で、短時間でより多くの製品が生産できるプレス成形に置き換わっていったのです。

ヘラ絞りは手加工であるため、微妙な仕上がりの違いに画一的ではない味があります。それに製品1点からつくることができます。必要な数だけつくることは環境負荷の低減にもつながります。

このような手加工の利点が、これからの時代に再評価されてほしいと思っています。

開発のプロセスを新たな商品へとつなげる

中小のものづくり企業が自社商品をつくる場合、その会社がつくりたいもの、つくれるものを基準に商品開発をしてしまう、いわゆるプロダクトアウトに陥ってしまう事例をよく聞きます。

mofu mofuは、アクセサリーを使う・片付けるという行動に内在している “人とモノとの関係”や“環境と行為の関係”を踏まえてデザインすることで、人の潜在意識に訴える商品を目指しました。試作や商品は、少量生産しながら、ヒアリングや展示会を通して調査を重ね、改良していくことで、さらに細やかなニーズをとらえるという手法でつくっています。これは「デザイン思考」と呼ばれるプロセスです。

このように、分析や考察を取り入れることで、商品にあらたな意味を与えるだけでなく、今後商品開発をする時にも、経験値が活かせるような取り組をすることが大事だと考えています。
 

mofu mofuの商品化に向けて、観察やワークショップを積み重ねていった。