数万人規模を集客するスポーツイベント。チームのファンらはどこから来て、ゲームの前後にどのような消費行動を取っているのか――。NTTドコモとマーケティングリサーチ大手のインテージ、政府系金融機関のシンクタンクである日本経済研究所らが、Jリーグクラブ「川崎フロンターレ」の協力を得て大規模な調査を行ったところ、「スタジアム周辺に滞留するファンは、しないファンの約2倍消費する」といった実態が明らかになった。
従来、把握が難しかった「イベント体験がどう消費につながるか」を可視化を実現したのは、ドコモが持つ約1億のIDと位置情報データ、決済データやその分析技術。そこから見えてきた“ファン消費”の最前線はスポーツビジネスだけでなく地域活性や商業施設、観光業など他業種のマーケティングにも応用できる大きな可能性を秘めている。現場で推進するプロフェッショナルであるNTTドコモの川田夢乃氏、インテージの田畑夏子氏に、埼玉県所沢市に本拠地を置くプロ野球球団「埼玉西武ライオンズ」を運営する株式会社西武ライオンズの赤坂修平広報部長を迎え、「データが生む地域経済の新価値」、そのヒントを多角的に迫る。
※所属・肩書きは取材当時(2025年12月)のもの
「肌感覚頼り」から可視化へ 経済効果の実態
スタジアムを埋め尽くす数万人の観客は、周辺の街にどれほどの“熱狂”と“経済効果”をもたらしているのか。地域との連携が重要なあらゆるスポーツチームにとって共通のテーマだが、その把握についてはアンケートや統計データなどに頼らざるを得なかった。
川崎フロンターレと同様の課題を持ち、西武ライオンズで広報部長を務める赤坂修平氏は語る。
「お客様の球場内での消費行動、つまり『旅ナカ』はある程度わかるのですが、来場前の『旅マエ』と帰る際の『旅アト』で、どこでどんな行動をとっているかはまったく分かりませんでした。試合後に『近隣の酒場は盛り上がっているだろうな』という雰囲気は感じても、それがどのくらいの規模なのか、具体的な戦略を描くための客観的なデータがなかったのです」(赤坂氏)
西武ライオンズ 広報部長 赤坂修平 氏
その実態を明らかにするため、NTTドコモとドコモグループのインテージ、日本経済研究所は、川崎フロンターレの協力のもと実証実験を実施した。舞台となったのは、J1リーグ・川崎フロンターレのホームスタジアム「Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu」(川崎市中原区)。武蔵小杉駅や武蔵中原駅、新丸子駅などを最寄り駅とし、年間約25試合で平均2万人近くを動員する、地域を代表する大型スポーツ施設だ。この施設が地域に与えるインパクトを、インテージの田畑夏子氏は「客観的に可視化できないか、というのが出発点でした」と話す。
時間帯ごとに人の流れを可視化
「特にスポーツ施設は地域貢献への期待が大きいです。そこで、日本経済研究所および川崎フロンターレ様にご協力いただき、ドコモが持つ人流と決済データを活用して、試合開催が地域に及ぼす影響の実態を明らかにしようと試みました」(田畑氏)
ドコモの単一IDで人流と決済を把握
実証実験の核心は、NTTドコモが保有する人流・決済データ*1)にある。その最大の特徴を、同社の川田夢乃氏は「単一IDで人流と決済を追えること」だと語る。
*1:位置情報・決済情報は、顧客の同意を得た上で、個人が特定されない形で適切に取り扱っている。
「ドコモでは、一つのIDに、基地局データに基づく位置情報や、d払い・dポイントといった決済情報が紐付いています。これにより、『どのような属性の方が・どこで・何をしたか』を一連の流れで推定することができます。試合に来た方が、実際にどれくらい決済されたのかを具体的に推定し、一試合あたり・来場者あたりの経済効果を精度高く算出できるのがポイントです」(川田氏)
NTTドコモ マーケティングイノベーション部 データマーケティング推進担当 川田夢乃 氏
実証実験では、2024年3月から10月の、試合開催日と試合のない日のデータを分析。その結果、1試合あたり約2419万円の経済効果という客観的な“数字”に加え、これまで肌感覚でしか語れなかったファンの消費行動にも具体的な裏付けを与えた。
人流・決済ともに試合時に増加
ドコモは、保有する会員情報を1つのIDに統合しオンライン・オフラインの行動データを連携することで、実施から効果検証までを最適化することができる「シングルIDマーケティング」に力を入れている。この度の実証実験は、ドコモの持つそうしたリソースを活用したものだ。
このデータは、現場のプロの目にどう映ったのか。
「分析結果の資料を見たとき、率直に『ここまでわかるのか』とワクワクしました。例えば、これまでスポンサー様には球場内の看板広告などで価値を提供してきましたが、このデータがあれば『旅マエにこの飲食店と連携すれば、御社のターゲット層にさらにアプローチできます』といった、地域全体を巻き込んだアクティベーションの提案が可能になる。スポンサーシップの価値を、まったく新しい次元で示せるなと感じました」(赤坂氏)
「消費行動の可視化」が経営の判断材料に
今回の分析結果から、赤坂氏は現場の肌感覚と合致する興味深いポイントを挙げる。まず、「誰が」消費を牽引しているのか。決済額の増加率を居住地別に見ると、スタジアム近隣よりも、神奈川・東京以外から訪れた来場者の方が高い傾向が見られた。
決済額は、神奈川県・東京都以外から来た人の増加率が高い
「これは実感値と合います。遠方からいらっしゃる方にとって遠征はまさに『ハレの日』。せっかくだからと飲食やお土産にお金を使ってくださる。その感覚が数字で示されたのは非常に興味深いです」(赤坂氏)
そして、より重要なのが「どうすれば」消費は伸びるのかという問いだ。今回の分析で最も注目すべき発見は、「滞留」と「消費」の明確な相関関係だった。ドコモの基地局測位による推定位置情報から、「試合前に30分以上スタジアム周辺に滞留した人」を定義し分析した。「滞留した方は、しなかった方(試合直前に来た方)に比べて、決済額が約2倍になるという非常に強い相関が見られました。これは、『来てくださった方に、いかに長く滞在していただくか』が、経済効果を最大化する鍵であることを示唆しています。
選手・会場・ファンの三位一体で作り上げるスポーツビジネスでは、その場にいるファンや地域とどう体験を共有し、体験価値をつくり上げるかが大事なことだと思います。その際に人流データが可視化されることで、街ぐるみによる価値創造の助けになることが期待されます」(田畑氏)
インテージ マーケティングソリューション本部EBPM推進室 EBPMシニアコンサルタント 兼 インテージホールディングス 未来創造部 インテージグループR&Dセンター 主任研究員 田畑夏子 氏
このデータは、経営判断の後押しにもなると、赤坂氏は期待を寄せる。
「球場が一番盛り上がるのは、勝敗がついた後よりも、やはり試合前。だからこそ、ファンにいかに早く現地に来てもらうかが重要ということです。私たちも滞留を促すために開門時間を『試合開始2時間前』から『3時間前』に早めたことがありますが、当然人的コストもかかってしまう。その際に『滞留時間が延びれば、これだけ消費が増える』という客観的なデータがあれば、社内を説得する武器になります。
また、人流データを見れば、試合終了後の混雑状況に応じてスタッフを最適配置し、コストコントロールにつなげることも可能です。データが、売上の最大化とコストの最適化、その両方を実現する拠り所になり得ます。コストは人的資源の最適配分は経営課題でもありますので、経営戦略に資するデータといえると思います」
地域一体化と価値創出をつなぐ共通言語としてのデータ活用
一方で、データはこれまで見過ごされてきた「機会損失」の存在も浮き彫りにした。特にデーゲームの試合後は、観戦者がスタジアム周辺を離れ、渋谷や新宿といった都心部の繁華街へ流出していることがデータで示された。「この『取りこぼし』とも言えるポテンシャルは、データ上でも明確に見てとれます」と川田氏は指摘する。
「我々のベルーナドーム(所沢市)も池袋駅から特急を使うと一本なので、試合後にそのまま都心に戻ってしまうお客様も多いです。その方々をいかにして所沢の街に引き留めるか。そのための魅力的な消費の『受け皿』がどこにあれば良いのか、地域と一体となってつくっていく必要性も示唆してくれています」(赤坂氏)
この分析手法の可能性は、スポーツの領域に留まらず、音楽のライブイベントや大型商業施設、観光などのベニュー事業、さらには都市計画にまで応用できると三者は口を揃える。
「他のスタジアムのデータを同じ見方で比較できれば、『消費の受け皿が充実している施設では、実際にこれだけ経済効果が高い』といったシミュレーションも可能になります。自社の施策を考える上で、強力な判断材料になるはずです」(田畑氏)
「今回のデータは、各所のステークホルダーと『全体の効果を上げるために協力しましょう』と話す際の、絶妙なバランスを取るための共通言語にもなります。私たちは、このデータを活用して、マーケティングの観点、そして地域活性化の観点から、様々な事業者様と一緒に新たな価値を共創していきたいと考えています」(川田氏)
ドコモはインテージなどグループ各社の資産を活用し、企業のマーケティング支援のみならず、スポーツや音楽ライブ、大規模フェスといったエンターテンメント領域、さらには都市開発や地域活性化領域にも「シングルIDマーケティング」の拡張を目指している。地域の一体化には、ファンに限らず対戦相手チームのファンや偶然訪れた来場者、地域の住民など多様な人々も含めた価値創出が必要であり、経営判断や政策立案に資するデータとすべく、予測精度のさらなる向上にも取り組む。
最後に赤坂氏は、データ活用がスポーツビジネスの持続可能性そのものに貢献すると語った。
「『チームが勝っているから(強いから)、お客様も来てくれる』、という考え方はサステナブルではありません。そうでない時期でも『あの球場に行きたい』と思ってもらえる価値を提供しなくてはならない。今回のデータは、勝ち負け以外の体験価値を設計し、そのバランスを取っていく上で、強力な指針にもなり得るのではないでしょうか」(赤坂氏)
人流・決済データ×大規模集客イベントの可能性
・数万人単位が動く大規模イベントが地域におよぼす影響は大きい。これまで経験則による推測はされてきたが、精緻なデータによる分析はされてこなかった。
・位置情報や決済データを紐づけることで、試合前後の人流・経済活動の可視化が可能になった。
・川崎フロンターレとの実証実験では、試合前に会場周辺に長く滞在している人ほど消費額が大きいことが明らかに。現地に早く来てもらうための工夫が消費を高めるとの仮説が生まれた。
・ゲームの主催者にとっては、開始前に消費を促すための販促やスタッフ配置などの対応、スポンサーへのメリット提供など、経営戦略含め、多方面でデータを活用できる可能性がある。
・ドコモの「シングルIDマーケティング」が、スポーツチームだけでなく、音楽イベントや大型商業施設、観光、都市計画などへの拡張展望も示された。
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