ダウ90000・蓮見翔さんと考える 正解のない時代の「言葉の届け方」

2025年度、第10回という節目を迎えた「宣伝会議賞」中高生部門。応募総数は3万3314本を記録し、最終審査会には、大人顔負けの鋭いコピーが数多く並んだ。審査を終えたばかりの審査委員長・阿部広太郎さんと、特別審査員を務めたダウ90000の蓮見翔さんが、審査会を振り返った。
(本記事は2月27日発売の月刊『宣伝会議』4月号に掲載されているものです)
ダウ90000・蓮見翔氏と、コピーライターの阿部広太郎氏。

ダウ90000・蓮見翔氏と、コピーライターの阿部広太郎氏。

かつてないほど「票が割れた」ハイレベルな審査会

――最終審査会を終えていかがでしたか。

蓮見:「こんなに票が割れるんだ」と驚きました。事前にファイナリスト作品に目を通したときは、ある程度「この辺かな」という予想があったんです。でも、実際に審査員それぞれまったく違う見方が次々に出てくる。短いコピーの中に、読み手の視点や経験が色濃く反映される面白さを感じました。

阿部:今回は、例年以上に意見が分かれましたが、それは全体のレベルが本当に高かったからだと思います。ひとつのコピーに対して、ある審査員は「この言葉の選び方が力強い」と評価する一方で、別の審査員は「読み手によっては全く違う意味にも受け取れるのではないか」と多角的な視点を提示する。そうした解釈の差分を持ち寄ることで、ひとつの言葉が持つ深みや可能性について、非常に密度の高い議論ができたと感じています。

――応募作品全体を通して、どのような印象を持ちましたか。

阿部:10年間、この賞を見てきて、中高生自身の感情や違和感が素直に表れているコピーは、やはり強いなと感じました。それはすなわち自分の「心の声」を、無理に飾らず言葉にしている作品と言えると思います。今年はそこに加えて、コピーとしての構造や切り取り方がかなり洗練されてきた印象もありました。シチュエーションの設定や、ブランドとの接続が的確で、一般部門と並べても遜色ない作品が多かったです。

蓮見:僕は、今の中高生が「短い言葉で意味を届ける」ことに、ものすごく慣れていると感じました。SNSなどの影響もあると思いますが、一行に情報と感情を詰め込む感覚が自然に身についている。一方で、あえて鋭い角度から切り込む作品もありましたね。僕自身の感覚からすると「いや、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな」と一瞬、戸惑うような表現もありましたけれど、今の若い世代のリアルな感覚に触れた気がしました。

阿部:審査会でも、そこは議論になりましたよね。「少し突き放したように見える」という捉え方もあれば、一方で「これこそが今の彼らの本音で、切実な表現なんだ」と受け止める審査員もいました。

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